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父子鷹41

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:馬方蕎麦屋 と同時に「おーい」 と葬列の方へ「三次、こっちへ来い」 と呼んだ。三次はすぐ東間がついて駈けて来る。葬列はそ
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 馬方蕎麦屋
 
 と同時に
「おーい」
 と葬列の方へ
「三次、こっちへ来い」
 と呼んだ。三次はすぐ東間がついて駈けて来る。葬列はそのまゝそこへ停りかけたが、堀田の指図でずる/\と流れるように、蕎麦屋の前へ寄って来た。
 蕎麦屋の土間は薄暗く、ぼろ畳の上り端に腰かけた駕かき風の奴が二人、遊び人風の奴もいてこれは上って花まき蕎麦を肴に酒を飲んでいる。
 そこへ葬式拵えの侍が、別の侍を引っ張り込み、後からまた葬列の喪主が飛込んで来たのだから、みんなびっくりして立上った。
「何んだ/\」
 遊び人が、口をとんがらかして喧嘩の構えをした。
「入江町の勝夢酔だ。勘弁しろ」
「えゝ勝?」
 遊び人は、小吉の顔を見て
「へえ」
 というと、いきなりびっくりする程ぺたりとそこへ坐り直してお辞儀をして終った。
「ちょっと、急場で此処んところが入用だ。この風態ではお前ら如何にも嫌やであろうから、何処かで飲み直してくれ。この銭《ぜに》あおれが払うわ」
「へ、へえ、へえ」
 三人、いやもう驚いて、きり/\舞いで出ようとするのへ
「おい、ちょいと待て——僅かだが、仏の供養をする」
 小粒をぱっと、ぶっつけるように投げてやった。
 孫一郎はぼんやりしている。
「さ、早く着物をおぬぎ。その男の喪服と着替えなさい」
「ほ、ほ、本当か勝さん」
「本当も嘘もない。御隠居は三日前に他界した」
「そ、それは」
「伜が病気の母御を一人おいて屋敷を空けて幾日も得態の知れねえ女とぶら/\している中に、父御が死んだのだよ。殿様、あなた何んだか妙だとは思わないか」
「い、いや、父上はかねて中風で、余命は知れていたから」
 小吉は、ぐっと胸がつかえたようになった。手先が微かに慄え、眼をすえて、じっと孫一郎を見つめた。
 胸がむか/\して口の中が一ぱいに虫唾が走って来る。からだがわく/\したが、ぐっと腹に力を入れると、土間へぺっと唾を吐いた。
「そうかねえ。云って置くが、この葬列には一人も御隠居の肉親はいないのですよ。いゝか、殿様、それだけは確《しか》と覚えておくがいゝよ」
「清明とかいう祈祷師の女はどうしましたか」
 小吉は余っ程|堪《こら》えている。そっぽを向いて、返事もしたくなさそうだったが、蕎麦屋の表には葬式がとまっている。あの担がれている棺の中にいる隠居が、どんな気持で、この伜の為《す》る事を見ているだろうと思いつくと、どうにもたまらなくなって
「あれはね、遠慮をさせたよ」
「そうですか、隠居は心残りであろう」
「殿様、話は後でゆっくりするが、とにかく此処は急ぎだ。さ、早く着替えて喪主に立ちなさい」
 どうせ借衣装だが、ひょろりとした切見世の三次と孫一郎はからだつきがそっくりなので、着替えてもおかしくない。
「先生、あっしはどう致しましょう」
 孫一郎の着物を着て、鼻っ先に※[#「木+覇」]《つか》がしらがぶつかるような恰好に大小をさした三次が、がっくり落ちた肩をゆすぶってきいた。
「掘田にきいて葬列のいゝ加減なところへ入って随いて来い」
「へえ」
 やがて葬列がまた粛々《しゆくしゆく》と動き出した。堀田は並んでいる東間へ
「あんな殿様へ千五百石は、まるで掃溜へ捨てるようなものだね」
 とさゝやいた。
「世も末だよ。見ろよ、あの恰好を——時々うしろを振向くのは、さっきの女がまだその辺にいやしないかと気がかりなのだ。並の人間なら何にを置いても御隠居の死際をきくところだ。殿様はそんな事など何んとも思ってはしない。それより女が大切だという」
「これが血肉の父子だから、真に不思議だ。きっと前世は敵同士だったのだろう」
「違いない」
 この葬式が終ると、堀田は、もう、どうしても岡野の用人は嫌やだといってきかないが、さて誰も代る者がいない。大川丈助が、何処か見えないところから、じっとこっちを狙っている様子がちょい/\感じられるし、第一、あの葬式の日に、上下姿でちゃんと本堂に待っていて、びくともせず、みんなに交って供養をした。川へ投げ込まれた事などは、けろりとしている面魂には、小吉も実はぞうーっとしたのである。またあ奴に入り込まれでもしたら、岡野家はいよ/\もう駄目である。
「おれが頼むのを、お前、きいては呉れないか」
 小吉は、今日もやって来た堀田を睨みつけた。
「先生は直ぐにそうおっしゃるから困るのですよ。御隠居が亡くなられてから、殿様が唯の一度も御仏壇のお扉をお開けなさった事はない。それにあの常磐津の師匠とかいう奴がまた大変な代物です」
 小吉はこれを制して
「まあ待て。今、おれが方々殿様の御新造を探している。馬鹿でも何んでも千五百石だから実はこれ迄も縁談がねえ訳じゃあなかったのだが、こっちが金が無くて嫁を迎える仕度も出来ないし、口をかけても先方《せんぽう》が少し聞合せると、あゝいう殿様とわかるから、すぐに破談になったものだ。だが今度は少し脈のある話が出ている。嫁を持たせたら、いくらかはあの放埒も癒るだろう。苦労だろうが、それ迄、お前、辛抱してくれ。おれはそうなったら用人は嫁の里方に任せる気でいる」
「そうですか、それは本当ですか先生」
「何んで嘘をつくものか」
 そんな事で、一日々々が過ぎて行く。
 隠居があんな死方をしてから小吉は何んだかこう妙にうら淋しくて、時々、ひょっこり梅屋敷の殿村へやって行って、唯ぼんやりと坐っていて、そのまゝ戻って来たりする。
 世話焼さんと相談して、僅かだが金を工面して清明へ持って行ったが、清明は腹を立てて受取ろうともしなかった。
「御隠居に、あんな最期をおさせ申したのはわたくし共が到らなかったからでございます。わたくし共は何んとお申訳を申し上げていゝか」
 清明はいつも本当に身も世もなく泣くのである。
 年の暮が迫って来た。鎌のような夕月が、師走で無くては見られない不思議な色で空に懸る。殿村へ行った戻りに、黄昏の途で逢った山伏の、着ぶくれたいでたちが身に沁みるように感じられた。
 こゝのところ引続いて碌《ろく》な事はなかったが、小吉にとって何にかしら、肩の重荷の下りるような気がしたのは、あれから急に孫一郎の縁談が纏りかけて来た事である。嫁の里方は麻布市兵衛町の伊藤権之助という、八百石だ。
 表向の祝言は隠居の一周忌がすぎてからにしても、先ず内祝言だけして置いたら如何でしょうという先方の意嚮をきくと、孫一郎はいゝ気になって
「勝さん、死んだものの年忌などはどうでもいい。春早々にして下さい」
 とむきになっていった。小吉は答えなかった。
「母上もあの通りの容体だ。いつお亡くなりかも知れない。そんな事でまた延々になったら、わたしはなかなか嫁を貰えない。え、今度は五百両という持参金で、諸道具も高相応というから至極結構ではないか。岡野というと嫁の来手がないなどと世間で悪口をいうそうだが、早くその者達の鼻をあかせてやりたい。それにだよ。知行所の百姓奴らも不届にも何んだかだと蔭口をいっていると耳にした。勝さん、是非、新春早々に頼む」
 孫一郎は、にた/\して唇を引っ吊らせていった。
 小吉は黙って立って終った。
「勝さん、勝さん」
 孫一郎はあわてて立とうとしたが、足許がふらついた。
「おい、殿様、勝はね、心の内で、伜にまで見棄てられた岡野江雪というものの喪に|しか《ヽヽ》とついているのだ。忌明け迄は、祝事の世話は出来ない」
 とっとと出て行った。
「何あんだ」
 と孫一郎は、尻を落してがたりと坐って
「あれは剣術は強いが、若いものの気はわからない男だよ」
 頬をふくらまして、そんなひとり言をいった。
 小吉はぶり/\怒って屋敷へ帰って来ると東間陳助が、お信に茶をよばれ、玄関の方へ引下って薄暗いところにきっちり坐って待っていた。
「どうした?」
「はあ、実は麟太郎さんの事で——」
「何? 麟太郎の事、おい、こっちへ来い」
 奥の火のある方へ東間を引立てるようにした。
「あ奴何にか失敗《しくじ》ったか」
「いゝえ、そんな事ではない。今日、亀沢町の道場で耳にしたのですがこの寒中に麟太郎さんは、日没と共に新堀の道場を出られて、王子へ行き、夜が明ける迄唯一人権現の社前にぬかずいて心の鍛練をしているという」
「うむ、王子権現?」
「そうです。如何に修行といっても、麟太郎さんはまだお年若だ、これを一夜も欠かさずにあんな遠く迄やるというのは無理だ。それにですね。道場の拭掃除、炊事、雑用を終えて向島弘福寺に参禅、それを終って帰るとまた朝と同じ事を繰返して夕方になる。それから王子だという。島田先生は碌に剣術の稽古はおつけなさらんそうです。ちと、ひどすぎる。第一、まだ年若ですからおからだが続かない。先生、亀沢町へお返しになって下さい」
 お信は横からじいーっと瞳をこらして、小吉が何んというか、気がかりの様子であった。小吉は
「おい、東間、馬鹿をいうな」
 とから/\大声で笑って
「虎へ預けた伜だ、煮て喰おうと焼いて喰おうとあれの勝手よ。え、並の修行では、あ奴うまく行っておれやお前位の剣術遣いになるが関の山だよ」
「しかし——」
「しかしも屁もねえわ。お前ら、いつも云う通り麟太郎をいつ迄子供扱いに甘やかすからいけねえ」
「そんな気丈をおっしゃるが、先生御自身は毎晩王子まで行き、あすこで天明を待たれる事は出来ますか」
「おれか。あゝ出来るよ」
 お信は、何にかしら、ほっとした顔つきをした。
 その夜はひどく寒い。
「やっぱりいらっしゃいますか」
「あゝ」
「左様だろうとお察し申して居りました」
「朝でなくてはけえられねえ。お前は風邪をひかねえようにお順をあたゝかにしてやり、直ぐにねるがいゝよ」
 小吉はにこ/\顔で出て行った。外はもう雪でも降ったように真っ白い霜であった。
 一歩々々に夜は更けて、冷めたさがひり/\と身に染みる程だが、小吉は何んだかうれしかった。千五百石でも、孫一郎がような馬鹿がいる。おれが麟太郎はどうだ、態あ見やがれ、そんなものが胸の中をわく/\させて、真っ暗な途で時々ひとりでににやっと笑った。
 自分の雪駄の足音が耳につく。
 王子権現の境内へ着いた時はもう本当の真夜中である。丘の森が三四丁も深々とつゞいて近くの石神井川の流れの音が微かに耳につく。何んとなくぞうーっとするようだ。北二町にある稲荷は元は岸の稲荷とよんで毎年十二月の晦日には、諸国の稲荷がここへ集って来るので、その数万の狐火が松明《たいまつ》を並べたように明るくなって、森の間を縫って川の方へ通って行くという。江戸の跳ねっ返りがみんなそう云って信心に通うところである。
 小吉は
「何処にいやがるだろう」
 ひとり言をいって、足音をぬすんであっちこっちをさ迷った。気づかれてはならないからだ。
 社の近くであった。出しぬけに
「えッ、えッ、えッ!」
 腹へしみ込むような物凄い気合が聞えた。
「あッ!」
 小吉は思わず、地べたへしゃがむように腰を落した。
「やっぱり本当だった。やってやがるわ」
 暗い中を、木の幹から幹へ手さぐりに、その声の方へ近寄って行く。息をのんでいる。
「えッ、えッ、えッ」
 それを立てつゞけに五十回もやったら、今度はそれっきり、ことりとの物音もしなくなった。
 小吉も闇に馴れて、気がつくと、麟太郎からものの十間も離れないところに自分がいた。
 麟太郎は石畳の上へ、じっと坐っている。
「黙坐沈思という奴だな。向う脛が痛てえだろうに」
 こっちもしゃがんだまゝ暫く身動きもしないでいる。どの位、刻が経ったか、麟太郎のすっと立上った気配がした。と同時に
「えッ、えッ、えッ」
 空を切る木剣の素振りが、息をつく間もなく続いている。
 夜っぴて同じ事が繰返された。夜に一ぱい張詰めている大空がずた/\に引裂れているのが小吉には見えるようである。一度毎に麟太郎の精気は冴えて、小吉はぐん/\と胸元をうしろへ押しつけられるような気持になった。
 片割れ月は落ちて、満天に星のみが白く輝く。
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