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父子鷹42

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:栄枯 石畳へ坐って瞑目沈思している麟太郎はそのまゝ石になって終うのではないかと思う。が、立って素振りにかゝると忽ち火を噴
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 栄枯
 
 石畳へ坐って瞑目沈思している麟太郎はそのまゝ石になって終うのではないかと思う。が、立って素振りにかゝると忽ち火を噴く気魄が、一度が一度毎に強く激しくなって行った。
 姿をかくして見ている小吉は、終いには、背中がぞく/\する程怖ろしくなった。しかし胸の中には何んということなしに不思議な温い喜びが溢れ満ちて来るのである。
「やりやがるわ」
 にこっとして、ふと、気がついたら、いつの間にか東の空がほんの少し明るくなっている。
 小吉はあわてて抜き足でそこを立去った。やがて凍りついたような師走の朝靄が地べた一面に逼って、森も林も人家もその靄の上に墨絵で描いたように美しく見える。
 権現から飛鳥山の裾に沿って駒込の上富士前へぬけて行く。六石坂《ろつこくざか》の辺りには料理茶屋が点々とあった。その中に一番道っ端のほんの掛茶屋風の「たばこや」と染抜きの暖簾をかけた一軒は、夜が明けると共に、もう店を開けて紫色の台所の煙が、ゆら/\と立っていた。
 麟太郎は、今、この前を走るような急ぎ足で通りかゝった。尻の切れかゝった藁草履に素足。稽古着一枚の姿である。
「おい、麟太郎ではないか」
 茶屋の内から小吉が少し呆《とぼ》けて声をかけた。
「あ、父上」
「お前、こんなに早く何処へ行って来た」
「わたくしより父上はどちらへ」
「おれはゆうべ名主の滝に剣術遣いの寄合があってそこへ出たが、飲めない酒を無理強いされて帰れなくなり、泊りは泊ったものの嫌やだから、夜の明けねえ中に出て来たのだよ。こゝで朝飯をくって行く。お前もどうだ」
「いや結構です」
「結構といっても師走というに稽古着一枚は寒いだろう。熱い味噌汁でもすゝってそれからかえれ」
「寒くも何んともありません。新堀まで駈けつゞけますから」
「そう云わずにまあ、こっちへ入って腰をかけろ」
「道場の稽古が遅れます。そう致しては居られません」
「そうかあ」
 小吉と麟太郎は、肩を並べて早足で、一本杉の下をどん/\江戸へ向っていた。
 小吉は、寒いだろう、おれが羽織を着ろと何度もいった。が麟太郎は首をふって、脱ぎかける小吉の肱を押さえて、どん/\歩いた。
「毎夜こゝへ来るのか」
「そうです」
「一人か」
「はい。はじめは二、三人参りましたが、寒さと眠いのに敗けて、近所の百姓家へ頼んで泊めて貰い、夜を明かしては素知らぬ顔で帰って居りましたが、先生が、出しぬけにお前らはもう今夜から行かなくてもいゝとおっしゃりみんな参らなくなりました」
「お前も百姓家へ泊ったか」
「いゝえ、わたくしは、そんな事は嫌いですからやりません」
 と麟太郎がいうと、小吉はさっと明るい顔になった。
「どうだ、修行は辛いか」
「辛くはありません。父上、業を積むというはまことに面白い物でございますね。わたくしは、はじめの頃は、権現の巨木の下に端座して居りますと何んとなく心が臆して風の音が咬みつくように凄まじく聞え、思わず身の毛がよだち、今にもあの大木が頭の上から倒れて来るように思いましたが、もう何んでもなくなりました。暗いところで、たった一人、じっとしているのは楽しいものです」
「そうかねえ。まあしっかりやれ。同門のように眠いからと百姓家へへえり込み、夜が明けて先生がところへ帰るなんぞは、どんなところにもよく居る奴だがそんな事のわからねえ島田先生ではねえんだぞ。気をおつけ」
「はい」
 麟太郎は道を急ぐ。だん/\市中に入って来て小吉は、別れた。
 入江町へ帰ると、お信はにこ/\しながら
「如何でございました」
 ときいた。小吉は上機嫌を隠す事は出来なかった。
「手に及《お》えねえわ、あ奴は大した奴だ。こっちが汗をかいて終った」
「さようで御座いますか。それは結構でございました」
「おれが、いつ死んでも先ずお前は岡野が奥様《おまえさま》のような目には逢うめえ、安心よ」
「まあ」
 この晩、小吉が道具市からの帰りに、すぐ前を東間陳助が、薄汚れた尻のぬけた法衣《ころも》を着た痩せた顎の出っ張った願人坊主のような風態の男と二人、ひそ/\話をしながら歩いているのを見た。
 知らぬ顔でその横を通りすぎた。
「あ、先生」
 東間のびっくりした声に、ふり向いて
「何んだ」
 東間と一緒に、その坊主が手を膝まで下ろしてお辞儀をした。五十五、六だろう。頭の毛もぼさぼさだし、白髪交りの顎鬚もばら/\延びている。
 東間は寄って来て、早口にいった。
「先生、この男を御存知でしょう」
「知らねえ」
「業平の南蔵院と門を並べて大きな祈祷所があって一と頃滅法な全盛を極めた喜仙院というものですが」
「知らねえよ」
 東間は、今度はそれへ向って
「おい、喜仙院、先生は御存知がない」
「さようで御座いましょうか」
「何んだか、大層たよりねえ男だね」
「あの頃は飛ぶ鳥を落して居りました。わたくしの富籤の祈祷は江戸一よく当るというので夜も昼も人の切れ間のない程流行りましたから、定めし先生も御存じ下さっていられたと思って居りましたは、今にして考えますと、それもこれもおのれが思い上りでございましたよ」
「何あんだそんなひとり合点か。水野越前守様が御老中にお乗出しで厳しくなさる迄は、祈祷師と町医者は犬の糞程もあったんだ。一々先生が知るものか」
 と東間がぽん/\いうのを、横から小吉が
「おい、東間、その辺で泥鰌《どじよう》でも喰わせてやる。一緒に来いよ」
「はあ、有難うございます」
 といって、ぽんと坊主の肩を叩いて
「おい、お前、運のいゝ野郎だ」
 と笑った。
 緑町の竪川ふちの泥鰌や利根屋《とねや》の縄暖簾を小吉がくゞると、亭主が飛出して来て、鍵の手になっている一寸した奥の座敷へ案内した。小吉ははじめ土間にくっついた煤ぼけた畳の広間へ上ろうとしたのだが、折角、亭主がそういってくれるのを余りきつく断るのも妙だから云われるまゝにそっちへ通った。挨拶する亭主へ
「雑作をかけるねえ。おれあね、実ああっちでみんなと一緒に板膳でやる方がいゝんだが」
「へえ、でもあちらは時分刻《じぶんどき》で余り騒々しゅうございますから」
 丸泥鰌の鍋を、喜仙院には別にとって、自分は東間と差向いで箸をとった。丸のまゝの泥鰌のかすかに歯ごたえのある味を小吉は大好きであった。
「おい、喜仙院とやら、お前、酒も飲むんだろう」
「はい、有難う存じます」
「遠慮はいらない。東間、とってやれ——おう、そう/\、段々思い出して来たよ。能勢の妙見の講日《こうび》に喜仙院という祈祷師が居るときいた事は確かにあったわ。が、見るとお前大層貧乏をしているようだが、富籤の祈祷などといういかさまは矢っ張り長つゞきはしねえものかねえ」
 東間が横から云った。
「先生、実はこの男が出しぬけに、わたしを訪ねて参りましてね。顔を見たがわからない、誰だというと昔馴染の喜仙院だ、忘れるは薄情だよといって恨むが、そう云われてよく/\見てもわからない程だ。人間というものは恐ろしいものですな。全盛の時と、衰運の時では、こんなに骨肉の相が変るものですかな」
「そうかねえ、変るかねえ」
 小吉は頬を撫でている。
「先生にこ奴を白状するとまた叱られるでしょうが、昔ちょい/\この喜仙院祈祷の片棒を担いで、場合によってはちょいと対手に凄んだりなんかしましてね、金儲けをした事があるんですよ。この男もそれを思い出して尋ね/\てやって来た訳だが、わたしは然様《そう》云ってやったんですよ。実は斯々の次第で今は勝先生の身内だ。先生へお頼み申して見なくては猫の子一匹だって自儘にはならないと。そう云いますとね、この男、勝先生ならわたしも知っているし、多分先生も御存知であろう、どうか連れて行って呉れという。馬鹿を云いやがれ、そんな薄みっともない姿をひょいと御新造様《ごしんさん》にでも見られて見ろ、おれが大眼玉だといったんですが、手を合せて拝むものだから右金吾とも相談をしましてね——」
「おれがところへやって来ても百にもなるか」
 小吉はそう云い乍ら、喜仙院を見据えて
「お前、何にかに呪われている面《つら》だ。何にをやったのだ。呪が身《からだ》にこびりついている。先ず生ある中には、二度と浮ばれねえだろうな」
「はい。そうかも知れません」
 喜仙院は眼をぱち/\して、丸煮の泥鰌を箸につかんだまゝやがてぽろッと大きな涙を落した。そして
「女で御座いますよ」
 とぽつりといった。耳の下から肩へかけて太く青い筋の突っ張っているのが、気味が悪い位に眼につく。
「女? はっ/\、洒落《しやれ》てるではないか」
 そういった小吉はふと、またあの頃の祈祷師喜仙院の噂を思い出した。
 なか/\胆の太いしたゝか者で、のべつに、間男なんかもやるが、こ奴の祈祷がなか/\当る。行をして貰って富籤を買えば先ず百番に百番|脱《はず》れがないという噂であった。
 がどういうものか、本所深川でも小吉の顔を売っているところへは、こ奴は余り出て来なかった。よく/\考えて見ると一、二度は逢った筈だが、碌に話した事もなかった。
 喜仙院は涙を拭って坐り直した。
「勝先生、あなた様はまだお年も若し、御気力も旺盛でいられるし、本所深川《ところ》の人気を集めて前途のおありなさるお方ですから、失礼ながら老婆心でわたくしが一言申上げて置きたいと思います。是非どうか、わたくしの言葉を覚えて置いて下さいまし。きっと後々世の中の栄枯の姿を見渡してあゝそうかとお思い当りなさることが御座います」
「どういう事だ」
「今、先生に、お前には呪がついていると申されて、ぞっと肌に粟立つ程まことに怖ろしく感じました。本当なので御座います。立派やかな祈祷所を構え、何処へ祈祷に参るにも駕にのり、絹の法衣をまとい、黒髪を垂れ流して水晶の珠数をつまぐり、数人の女を召抱えて栄耀栄華を極めましたわたくしが、こんなに零落して、住むところもないという哀れな末路になりましたについては、表向きは水野越前守様の御弾圧によると共に、肝心な事はわたしの祈祷がまるで当らなくなったという事でございます。祈祷師の祈祷が当らなくなれば、世間様が見捨てるのは当たり前の事——ですがね。どうして、あれ程当った喜仙院の祈祷が当らなくなりましたか。そこに訳があるので御座います」
「面白そうではないか。まあ、ゆっくり酒をのみ乍ら話せ。おい、東間、小女へ酒をどし/\持って来るよう云いつけてやれ」
「は」
 喜仙院は余っ程腹が減っていたか、よく食べるし、よく飲む。酔ったようである。鼻がしらににじみ出て来る汗を時々人さし指で撫下ろすように拭き乍ら、じっと眼を上目遣いにする。上白眼の一寸気味悪い眼つきをする。
「ある日一人の女が富籤の祈祷にやって来ました。それがこの世の人とも思われない程に美しい」
「はっ/\、お前、それを手籠めにしたのか」
 と東間がいった。
「その通りだ」
 喜仙院は暫く東間と小吉を半々に見ていた。
「覚えず煩悩に駆られて、護摩壇のうしろへ引込みそれを無理にも口説き落して、それから祈祷をしてやった」
「そんな祈祷が当るかえ」
 とまた東間がいう。小吉は黙っていた。
「当った。まだわたくしの身に勢いというものがあったのだ。四、五日してその美女がまた祈祷に効験があって当籤をしたからと御礼に来た」
「お前、今度あどうした」
 という東間を、小吉は
「黙ってきけ」
 と叱りつけて
「また手籠めか」
 喜仙院は
「いやあ」
 といって
「元より前の事があるものですから、口説き掛けまして御座います」
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