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父子鷹44

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:江戸人 ひどい寒気《かんき》だ。四辺がしーんとした中で庭の手洗鉢へ張った氷がぴしッ/\と裂けるような微かな音がする。 お
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 江戸人
 
 ひどい寒気《かんき》だ。四辺がしーんとした中で庭の手洗鉢へ張った氷がぴしッ/\と裂けるような微かな音がする。
 お信が、行灯を寄せて、傍目もふらずに着物を縫直している襟足の青白さを、今夜はお信の代りにお順を自分で抱いてねている小吉が、やっぱり気になって眠れないか、時々、うす目を開いてはそっと見守った。
 麟太郎の寝返りを打つのも感じられる。
 縁の雨戸の細い隙間が静かに明るくなって銀鼠色の朝が明けて来る。
「とう/\夜明しかえ。すまねえねえ」
 父が母へそういうのをきいて、麟太郎は床を出た。麟太郎は母を見て思わず眼を伏せた。拝みもしたい気持だ。
 往来は雪か霜か、まだ真っ白であった。小吉は胡坐のまゝで、外の様子を気遣ったがお信は麟太郎を門の外まで送って出た。
「剣術の道場とは違いますからね。物腰は鄭重に、ねえ」
「はい。母上、では行って参ります」
 行きかける麟太郎へお信は飛びつくようにして、着物のゆき丈を、も一度直してやった。
 二、三丁行ってふり返った。お信はまだじっと見送っていた。麟太郎は、頭を下げて、そこから駈け出した。
 箕作阮甫の屋敷は湯島の中坂下にある。遂い先頃までは侍医として津山侯鍛冶橋内の上屋敷のお長屋にいたが、お許しを得て小旗本屋敷を買って造作を新たにし、門内にはずうーっと玉砂利を敷き詰めて式台などもなか/\立派であった。
 麟太郎はこの門を入る時に、母に云われた事を、ふと思い出した。剣術の道場とは違うのだと。
 途中から腰を折るようにして玄関へ近づき、取次の者へ、蘭学志願の者である事をいって、先生への取次を頼んだ。その謙虚な物腰を、もし、父の小吉が何処かで見ていたら眼をうるませたかも知れない。
 取次は、奥へ入ると、すぐに
「お逢い出来ない」
 といって断って来た。しかし麟太郎は、三度も四度も押返して頼んだ。四度目には、むかっとした。が、麟太郎の眼の中に、あの襖の隙間から見た母が行灯を引寄せて、着物を仕立直している寒そうな、痛わしいうしろ姿が閃めいて、すぐ気が静まった。そしていっそう鄭重に
「お願いで御座います。も一度申上げていたゞけませんか」
 取次が渋々引込んで行ったと思うと、奥の方で何にか大声で怒鳴りつけるのが聞こえた。と同時に荒々しい足音がして、出しぬけにそこへぬうーっと突立った人物がある。四十歳位で額の広い眉の長い眼のつぶらな、がっちりと肩幅が広く何んとなく逞ましい人であった。
 麟太郎は、はゝーあんこれが箕作先生だなと思った。
 阮甫は一応津山の城下に生れたという事になっている。しかし、島田は何処できいたものか、あれは本当は奥州水沢の人間で、酒の上で人を殺し、逃げて岡山に隠れ一と頃は岡山侯に仕えたが、後ち京へ上って医学を研鑽《けんさん》し、その後また津山侯に奉公した一風変った人だといっていた。
 そう云えば、眉の間にも眼の光にも、そうしたところが無いではないと、麟太郎はも一度阮甫を仰いで、じっと見詰めた。
「おれが箕作だ。お前は何処の人間だ」
 少し甲高い声でいった。
「お取次を以て申上げました通り、幕府家人勝麟太郎でござります」
「江戸人だな」
「は」
「おれは江戸人は嫌いだ」
 麟太郎の頭上へ吐きつけるようにいった。
「蘭学の研鑽など浮薄な江戸人のよく出来得る事ではない。一生を費して尚お足りん難事だ」
「凡そ物事を学びますに、易々たる気持はございません。命をかけてやります」
「命をかける? ふゝン」
 阮甫は鼻先きであざけり笑った。
「江戸人は二た言目には、よくそんな事を云うが、一体この江戸にそんな人間がいるのか」
「何んと仰せられますか」
 麟太郎の瞳が矢のように阮甫の真正面から射りつけた。その鋭さに、阮甫は一寸眼を伏せた。
「だが——お前、少しは蘭学をやったか」
「これから始めるのです」
「わッはっ/\/\」
 阮甫は突拍子もない、しかし虚ろな大声で笑った。
「どうせ貫けん事だ。中道に挫折する、始めざるに如くはない」
「いや、わたくしは」
「わたくしは別だというのか。それが、おれの嫌いな江戸人の自惚れだ」
 麟太郎は、すっと立った。顔色一つ変えず、にやっとして
「失礼ながらそうした江戸人以上に先生御自分が自惚れていらっしゃいます。先生に出来る蘭学が江戸人に出来ぬという法がありましょうか——では、これで御免蒙ります。はっ/\/\」
 麟太郎はもう後をも見ずに、早足で玄関を離れて行った。砂利を踏む足音が少し荒々しかった。
 阮甫は顔が真っ紅になっていた。一介の青年に天下の箕作が恥かしめられたような気持で、ぶるぶる五体が慄えた。
「ば、馬、馬鹿めッ」
 式台を蹴って奥へ入ったが、今の麟太郎の最後の如何にも嘲笑に満ちたあの声がいつ迄もいつ迄も耳について離れない。
 麟太郎は中坂を下り切ったお化け稲荷の前まで来て、はじめて瞼が一ぱいに熱くなった。着物の袖を突っ張って、うるんだ眼でじっと見た。そこに昨夜のあの母の姿があり/\と浮んで来る。
 阮甫というはあんな男か。あれに入門出来なかった事は少しも惜しくない。が、両親がどんなに落胆するだろうと思うと本当に堪らなかった。
 しょんぼりとして入江町に帰って来る。小吉も、市へ行くのを止して、からだは延々と寝ころんではいるが、内心は首を長くして待っていたのである。
「どうした」
「駄目でした」
「何」
「江戸人は最後まで学問を遂げられないからならぬといって断られました」
「何?」
「いゝんです。何あに他に良師を求めて、麟太郎は今にあの箕作阮甫を見返してやる」
 小吉は暫く黙っていた。二、三度、唾をのんだ。
「はっ/\は。馬鹿め、見返してやるの仕返しのと、土地《ところ》のならず者がような吝ン坊な気持でどうするんだ。麟太郎。もっと大きな奴になれ、もっと大きな奴に——」
「は?」
「箕作阮甫だけが蘭学ではねえだろう」
 その真夜中——といってももう朝に近く、東間陳助がまた門の戸を叩いた。今夜は道場の泊りであちらにいると、急使で、車坂の井上伝兵衛先生が、何にやら不慮の死を遂げられたとの知らせで、男谷先生もこれから出向かれますが、何んなら御同道をとの事ですという。
「不慮の死とはどういう死方だ」
「往来で暗殺されました」
「下手人は」
「まだわからんそうです」
 門の内と外で、こんな会話をしている間に、お信は小吉の外出の用意をしていた。
 小吉と精一郎が車坂の井上道場へ馳せつけた時は、もう夜が明けて伝兵衛の養子誠太郎をはじめ、門人達も大勢詰めかけて上を下への騒ぎであった。
 井上は駿河台小栗坂の千二百石の旗本村越豊之助方の茶会に招かれて酒に酔っての帰途、昌平橋を渡った御成街道で、不意にうしろから肩先へ斬りつけられ、伝兵衛が刀に手をかけて振向くところを、重ねて脇腹をやられて遂に倒れた。
 しかし温厚だが気丈な伝兵衛は刀を杖によろめき乍ら、近くの自身番へ行ったが
「おれは車坂の井上伝兵衛である。狼藉に逢ってこの始末」
 といってこゝで絶命して終ったという。
 小吉は、伝兵衛の顔を掩うた白い布を静かにとって
「井上さん、変った姿になられたねえ」
 といって泣いた。精一郎は、お城があるから戻ったが、小吉はそのまゝ東間も残してこの道場に三日泊った。
「おい、東間、お前、あ奴《やつ》を知っているか」
「どれですか」
「ほら、今、仏壇の前に坐って泣いている。あ奴が一番泣くし、一番まめ/\しく働くよ」
「あゝ、あの人ですか、わたしは知りませんが、御町奉行鳥居甲斐守様お気に入りの御家来で、井上先生の御門人との事です」
「ふっ/\、臭せえ野郎だ」
「え?」
「いや、何んでもねえがねえ。名前をきいて置け」
 それから間もなく、本庄茂平次どのと申されるそうですと、東間が小吉へ報告した。
「嫌やな目つきだねえ」
「そうです。目つきも然様《そう》ですが、あの猫撫声は、ぞうーっと毛肌が立ちます」
「あゝいう人は怖いもんだよ」
 葬式が終って入江町へ帰って来た。精一郎も一緒で途中で別れた。
「おや、麟太郎はいねえね」
「はい」
 とお信は、玄関で潔めの塩を小吉に打ちかけながら
「お留守中ではございましたがあの次の日から、蘭学の永井青崖先生のお許《もと》へ通って居ります」
「ほう」
「赤坂溜池黒田美濃守様御中屋敷のお長屋に居られます由で」
「流石ああ奴だ。早えところ取りついたが、誰方《どなた》の手引だえ」
「誰方のお力もお借りせず、自分一人でお願い申したようで御座います」
「はっ/\。やりやがったね。お信、これあやっぱりひょっとすると、あ奴は鷹《たか》だよ」
「え?」
「永井青崖先生というは、おれも聞いた事がある。五十二万石の美濃守様がこの人に滅法な腰の入れ方で、入用な蘭書はどんな高値《こうじき》な物もどん/\長崎の蘭館からお買入れの上、お遣わしになるそうだ。ほんに麟太郎奴、いゝ先生をつかめえたわ」
 その夜、思いもかけず、珍らしくも彦四郎がほんの目と鼻の間を駕でやって来た。精一郎が付添って来た。彦四郎は、近頃、五つも六つも年をとった程に老けて、顔色も悪かったし、手足もいくらか慄えている。
 精一郎が腕を担ぐようにして彦四郎がやっと駕から出たのを見て、小吉も飛出して行って、片方の腕を担いで屋敷へ入れた。
 座敷へ坐ると直ぐ彦四郎は
「お信よ、濃茶《こいちや》を一服所望だ」
 といった。
「はい」
 すぐお信が茶を立てる。これを喫し終ると
「実はな、今夜は心からの祝儀に来た。わしは、麟太郎が専心蘭学をはじめたときいて、うれしくて、じっとしては居れんのだ。近来からだがとみに衰えて御城の勤めも休ませていたゞき、諸家方へ文字の御師範も確くお断り申している始末だが、ます/\気短かでな、じっとしては居れなかった」
 彦四郎は、ふところから袱紗に包んだ金を出して、お信の前へそっと押した。
「麟太郎の学費の足しだ」
「有難う存じますでござります」
 お信が平伏すると
「小吉」
 と、妙に大きく息を切って
「これからはな、精一郎もよく然様《そう》言うがもう剣術遣いなどはいらん世の中になるぞ。第一、往古よりして、如何な大きな戦さも鉄砲隊の数の多少が、悉く勝敗を決しているのだ。わしはな、遠からず世の中に大きな変革が来る、その時に政事に当る者も、それ自身も一番|厄介《やつかい》になるのは、剣術遣いとその亜流だと思っている。その剣術遣いのお前は、今更どうにもならん。唯、麟太郎だけは、そういう場合に世の中に無くてはならん人物にして置きたいのだ。それには学問だ、しかも新しい学問だ。小吉、わしはうれしいぞ」
 どういう訳か彦四郎の頬にぽたりと涙が伝った。
「わしは、もう余命いくばくもあるまい。寝ていて往事をいろ/\考えて見る。よく/\考えるとお前もいゝ人間だ、しかも一かどの人物だ、はっ/\/\、お信や」
 と、にこ/\笑って
「人間年はとるものだ。今になってやっとこんな事に気がついてな。この小吉の血をついで、深く学問をした人物、それがどんなに素晴らしいか。ふッ/\/\。時にまだ麟太郎は戻らんのか」
「はあ」
 と精一郎が
「あれは永井先生の戻りには、欠かさず道場へ立寄りますから」
「まだ剣術もやっているか」
「は。剣術は技ではない心だ、だから、毎日欠かしてはならんと、わたくしが教えて居ります」
「はっ/\/\。それもいゝだろう」
 彦四郎はまた涙をこぼした。
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