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父子鷹54

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:おんな 小吉はおかしかったがとぼけ顔でうなずいている。「このように真っ正面から喧嘩を売られたのでは酒井先生も黙ってはいら
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 おんな
 
 小吉はおかしかったがとぼけ顔でうなずいている。
「このように真っ正面から喧嘩を売られたのでは酒井先生も黙ってはいられませんわ、お年もお若いし往来で剣術の大議論になったという。大体渡辺兵庫というのはですね、何にかしら人には云えない深い訳があった様子でふだんから自棄になっている男だそうでしてね。近藤先生の道場にいても、ばくち場へ出入をしたり、柄のないところへ柄をすえて喧嘩を吹っかけたり、そんな事ばかりやっているという噂。酒井先生もそれを知っていられたから、一つ懲らしめてやるおつもりか、議論は尽きないから真剣の勝負で決しようという事になりましてな」
「ほう」
 外の門人が首を突出すようにしている。
「そうなんだ」
 話の中には嘘もある真実もある。がその結末は小吉はその目でじかに見ている。今、おしゃべり男の語るところをきき乍ら、団子坂の太田屋敷のあの時の兵庫の言葉——今日の彼は昨日の彼に非ずと秋山要介を評した——妙にこう底冷えのしたいい廻しと、あの弥勒寺で、さッと酒井の一刀を浴びて、物凄い地響きで打倒れたあの時の兵庫の不思議な崩れ方を思い出していた。
「それからどうしました」
 と小吉。
「勿論、酒井先生の勝。兵庫は固より連れの門人共も斬られて逃げたそうで」
「いや、その事ではない。斬られてから渡辺兵庫はどうしているかという事だよ」
「え? そ、それはまだ聞いてませんな」
「復讐でもやりますか、それとも江戸を逃げ出すか」
「そうですね、どちらでしょうか。何しろ腕はあの通り、殊には榊原式部大輔様御家中として越後高田十五万石の後楯がある酒井先生を、この上敵に廻しても歩がないでしょうからねえ」
「あの達人に斬られたのでは恐らくもう腕が肩についてはいないでしょう。気の毒ですね」
「いや、どうも悪い人間のようですから、町でも誰も同情しておりませんよ」
 小吉は団野先生に一応その夜の弥勒寺についてはすでに話をしておいた。その時先生はにやにや笑って
「酒井もまだ若いからね」
 といってから
「小石川の竜慶橋に道場を開くといっていたが、この事が、薬になったか毒だったか——恐らくは」
 といっただけで黙って終った。
 麻の単衣に相変らず樺色染の麻の上下姿で坐っている御支配への日勤は、時にはみんなじっとしていて汗を出したりするが、小吉は割に平気だった。勝殿はふだん稽古をみっちりなさって、からだが出来ていられる為めだろうなどといった。
 御番入の色がだん/\濃くなって、一緒に行っている人達が頻りにその噂をするが、この頃はいゝお天気つゞきで夜は月が出るので、道場で稽古をして一汗かいたからだに井戸水を浴びてから、自分の黒い影を踏むようにしてぶらり/\と歩いて油堀へ戻って来る。その戻り道の心地よさの方がそんな事より幾層倍でもあった。
 街の人達は家の前へ縁台を出して蚊遣《かやり》をして、団扇をばた/\動かして世間話をしている。愚にもつかぬ事が多いが、時にはそこへ腰をかけてきいて行きたいような話をしている人もいる。しかし平蔵が中風にかゝってからは、一人で余り遅く帰っては、またお祖母様がいつ迄もいつ迄もぶつ/\ぶつ/\叱言をいうのが、自分はいゝとしてもお信がどうにも可哀そうなので、小吉はそんな事もしていられない。
 寺町の角地へ毎夜のように大勢集って影絵灯籠を廻して怪談ばなしをきかせている近所の金持の隠居が
「お武家様、稀《たま》にはあたしの咄《はなし》もきいてお出でなすって下さいましよ」
 と声をかけてくれたのを
「少々急ぐことがあってね」
 と急ぎ足になった時は、小吉はいつになく、ふと自分が妙に哀れな人間であるような気持になったりした。
 今日は早朝、江戸中が淡い靄に包まれたが、|午の刻《おひる》を廻って、何んだか急に暑くなった。
 油堀では利平治が、半刻程前用達しに出て、今、門前へ戻ったところ、石段をとん/\と三つ昇って、歌舞伎門になっているが、主人の平蔵がすでに隠居の身でもあり、かた/″\病気で客を迎える気持もないから、ぴったりと扉はしめ、右手の潜りから出入りをしている。番小屋の格子内の薩摩|葦《よし》のすだれがこの家の富裕を語っているようだが、もう間もなく本所へ移るので、余り手入もしないものだから、そちこちに青い雑草が延び、中には小さな花をつけたりしているものも目につく。
 きりゝと肉締りのいゝ若い女がいま潜りの扉を押そうとしていた。これがうしろから来た人に気がついて振返ってにこりとした。
「失礼ながら当御屋敷のお方でございましょうか」
 姿形《みなり》はどう見ても町家の娘だが、切れ長な大きい眼が少し吊っている。利平治は、上から見下げて
「然様《さよう》」
 といった。
 女はにっこりして、もみ手のような恰好をしながら
「これは仕合せでござりました。御当家の勝小吉様にお目にかゝりに参りました」
「どちらから」
「はい、勝様はお覚えの筈。いつぞや永代の橋でお目にかゝりました神田黒門町の紙屋村田長吉のゆかりの者でござります」
「そうですか。御足労じゃったが、小吉様は剣術の道場へ参って夜にならねばお帰りではないが」
「あゝ」
「またお出でなさる事が都合悪ければ、わしが御用向を承って置こう。わしは当家の用人じゃ」
「御用人様?」
「然様」
「改めて参じます。どうぞお伝え置き下さいまし」
 女はそのまゝ引返した。
 こゝ何箇月にもなく珍しく月の出かけに小吉が屋敷へ戻って来た。利平治が
「黒門町の長吉のゆかりの者だという若い女子《おなご》が訪ねて来ましたよ」
「長吉というはいつもお前に話す伊勢路で乞食をした時の相棒だ。そのゆかり? はて誰であろうな」
「眦《まなじり》の少し吊った如何にも利かぬ気の——町家の女のようでございました」
「さあ」
 離れへ帰った。玄関といっても深い廂が突出しになっていて、大きな沓ぬぎ石があって、茶室へでも入るような拵えである。
 お信が出迎えていた。
「今日は先生が少々御不快でね。竹刀の音がお寝間へ響いてもと思って稽古は休みになった。先生も近頃は滅切りお年を召されたのでねえ」
 そんな高声を、奥でお祖母様がきいたのだろう。
「年を召されたは団野先生ばかりではないわ。先生の事は気になるが、自分が親が事は何んとも思わぬか」
 皺枯れた声でそんなことをいった。小吉とお信はちらっと顔を見合せた。お信はそっと小吉へ手を合せて、なだめるような悲しそうな目つきをした。小吉は笑って
「何んでもない」
 と耳元へ口を寄せるように小さくいった。
 それから間もなく若い女の声が玄関でした。後にも先きにもこの家にはかつて無い事、お信は不思議そうな顔つきで立って行った。
 昼間利平治が門前で逢った女。お信を見ると如何にもぎょっとした面持で、見る/\色が変ったが、やゝ暫く無言で突立っている中に、やっとおのれに返ったようである。
 自分は長吉のゆかりの者で名をお糸と申しますとはっきりいって一礼してから
「失礼でござりますが、お前様は?」
 ときいた。言葉尻のぴん/\と上る切口上のような響きだ。
「勝の家内にござります」
「あ、あの御新さん?」
 と上半身を少し前|倒《のめ》らせて、勝様にはもう御新さんがあった——と口の中でつぶやいて、少しじっと目を伏せてから
「勝様にお逢わせいたゞけましょうか」
「都合よく在宅にござります。伺って参りましょう」
 二人の応答はみんな小吉へ聞こえている。
 つか/\とそこへ出て来た。
「やあこれは——あの節、永代でお目にかゝった方ですな。長吉どのはどうなされた」
 小吉の言葉へお糸は眼をぱち/\して、こくりと喉が鳴ったようであった。
「長吉との祝言はあたくしより破談にいたしました」
「ほう、それはまたどうしたのだ」
「訳がござります。あなた様にお願い申したい事があって、一生懸命で参ったのでございますが、もうそれは諦めました」
「ふーむ」
「あたくしは遠く離れて、唯一人で火を燃やしつゞけ、そしてその火はたった今、御新さんのお顔を見て、それで忽ち果敢《はか》のう消えて終いました。御免を蒙りますでござります」
 というと、ぱっとからだを転じて、まるで転がるようにして門の方へ行って終った。
「何あんだあの女、気違いじゃないか」
 と小吉は
「あれはとっくに紙屋の長吉のおかみさんになっていたろうと思ったに——気違いだったのか」
「真逆」
 とお信は
「でも何にやら謎めいた事ばかりおっしゃいました。大そう怖い、思い詰めたお顔」
 といってから、はッと何にか気がついた。
「ほゝほゝ」
 と俄かに口を押さえて笑って
「本当に気がお違いなされたのかも知れませぬ」
「はっ/\。人の気が違ったに笑う奴があるか」
「でも、少し、ほんの少しばかり、おかしゅうござりますから」
 その次の夜。道場の戻りに黒江町の富岡橋のところで、しゃがんでふう/\飴湯を飲んでいた巾着切の弁治のうしろ姿を小吉が見つけた。
「松坂町の弁治とも云われる兄イが飴湯を飲んでるようでは、ふところは淋しいな」
 雪駄の足の先きでちょいと尻をついて、びっくりして立上る弁治へ
「それが当り前だ、お前《めえ》らのふところがふくらんでいるようでは、江戸の者あ安心して往来が出来ないからな」
「じょ、じょ、冗談でしょう」
 と弁治はあわてて手をふって
「いゝところでお目にかゝりました。実はね」
 といって気がついて、鐚銭《びたせん》を幾つか出して、飴湯屋へ渡してから
「お供をしながら——」
「何んだ」
 二人は丸太橋から千鳥橋へ抜ける川ッぷちに沿って歩いていた。月が明るく川へ映っている。
「実はいつぞやの虫売柳島の五助ね。あの馬鹿野郎、止せ止せっと噛んで含めるように云ってあるのに、五助とも云われる逼出しが、一文にもしなかったと云われちゃあ恥だとか何んとか、間抜けな事を申しましてね、例の百本杭の師匠へしつこく強請をかけたもんですよ。しつこくやったはいゝのだが、どうですよ、その夜はいめえと見当をつけていた旦那が、ぬうーと奥から出て来ましてね。すぐにふんじばられて終ったんですよ」
「そ奴は面白い」
「裏の物置へ投り込まれ、外から釘づけにされて、あの辺のならず者を三人ずつ、昼も夜も張番をさせてある。三度の飯だけは貰ってるが、旦那の方も少々依怙地になっている、こういう奴らの見せしめだと申しましてね」
「その通りだ。はっはっ」
「笑っていちゃあ困りますね。あ奴あまあいゝとして、柳島に莚《むしろ》張りの乞食小屋見てえなあ奴の家では、おかみさんが、今日明日にお産だ。こ奴に困って終っているんですよ」
「こら弁治、おれはな、爪の間に入るようなたった四十俵の微禄だが、これでも徳川《とくせん》の御家人だよ。何んと相談かけられても強請かたりのお仲間にはなれないのだ。それにしてもお前も飛んだ腰抜けだなあ」
「あっしを腰抜けとおっしゃいやすがね、何にしろその旦那というのが津軽の御留守居、兄貴は中組九番の纏持《とうばんもち》。二人ともよく出来た人達だと噂にきいてるそれだけに、どうにも手が出ない」
「五助の方はほったらかして、おかみさんの世話をするのだ。幼馴染の緑町の縫箔屋の長太にも相談しろ」
 といってから小吉は四辺を見廻して、そっと小さな声。
「思案に余ったらまたおれに知らせろ。毎晩きっと富岡橋は通るのだから」
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