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父子鷹55

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:夏の月 真っすぐに人影が見えて急ぎ足でこっちへ来る。小吉は別に気にもしなかったが、鼻っ先きで、それが用人の利平治であった
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 夏の月
 
 真っすぐに人影が見えて急ぎ足でこっちへ来る。小吉は別に気にもしなかったが、鼻っ先きで、それが用人の利平治であった。
「お、小吉様」
「何処へ行く」
「あなた様をお迎えに参るところでございますよ、麻布の旦那様がお見えになりまして」
「またお叱言だろう」
「違います、それなら、わたくしが急いでお迎えになど参りませんよ。吉報でございます」
 利平治はそういゝながら、小吉の横にいる弁治をじろり/\と見つゞける。弁治は何んとなく悪いような気がして
「じゃあまた」
 とお辞儀をするとふッ飛んで行って終った。
 その黒い影が遠のくと利平治はひとり言のような調子で
「いけませんねえ、またこんな事を遊ばしては。いくら幼馴染でもあんな奴らとお付合をなすっては、御出世のお障りに相成ります」
 といった。小吉は黙って笑った。少し歩いて、利平治は
「いよ/\御入《おいり》が定まりましたそうでございます」
「そうか」
「麻布の旦那様がお見え遊ばしてのお話に、御支配大溝主水正様、御頭大久保上野介様よりの御推挙で、甲州|石和《いさわ》の御代官増田安兵衛様の御手付ということに定った。すぐにあなた様をお迎えして参れという——」
「ふーむ」
 小吉は味も素ッ気もない顔つきで
「代官手付かあ」
 と上眼《うわめ》で月を見ながらいった。
「御出世のはじまりでございます。本来五万石御支配の御代官手付は二十俵より三十俵のお家柄のお方でございますが、あなた様は四十俵。それを斯様《かよう》に致しましたは、一、二年の間に手を廻して御代官に御立身の御予定の由にございました」
「そうかねえ」
「こういう際に巾着切などとお連れ立ちはいけないと思います。この前のようないざこざはあなた様のお気性として御面倒でございましょう」
「兄などに解らず屋を云われるも面倒だが、御番入などはいっそ面倒だな」
「此際は御父上様のたってのお意向もあり、そう申されてはなりませぬ。御父上様への御孝養でございますよ。斯様な不吉を申してはなりませぬが、孝行のしたい時分に親はなしとよく世の諺に申します。お味わいなさるべきと存じます」
「わかった/\。で兄上はおれを呼んでどうしようというのだな」
 小吉の若い頬へ月の光が真昼のように明るく射した。利平治は
「明夜、改まって大溝様、大久保様をはじめ、丁度、御代官増田様が御出府を幸い、即急《さつきゆう》乍らお見知り置きの御宴席を設けますとやら」
「明夜?」
「はい。石和代官所の御手代付及び御手代方も二、三、御同席の由でございます」
「また首ねが痛む程にお辞儀か」
「何事も御辛抱にござります。御代官になればもうこちらのものでござりますよ」
「はっ/\、そうかねえ」
 小吉はそういって、それからいつ迄も無言で緑橋から左へ折れた。後も川。横も川。突然
「な、利平治。おれの御番入で父上はどれ程のお金をお使いなされたろうな」
「はい?」
 利平治はびっくりしてあわたゞしく四辺を見廻して
「然様《さよう》な大きなお声を遊ばすな——先ずはじめに千両、これからあなた様のお支度やら甲州へのお引移《ひつこし》。それにいろ/\の御披露などでどのように安く見積ってもこれらに六百両はかかりますからなあ。兄上様の時にも、凡そそれ位が入用で、兄上様は、これが並の家で借金でもしてやるなら返済に三十年はかゝると仰せでございましたから」
「そうだなあ。だから代官をはじめ手付手代、その穴埋めに悪い事ばかりして金を儲ける。その気風が小者に迄も及ぶから、みんな賄賂ばかりとるのだ。おれがな、上田の音吉という悪党を手捕《てどらま》えにした時も、そ奴め、おれに革財布を投げつけて、どうぞお見逃し下されませといった。ああいう事で代官所の者は悪党でも何んでもみんな金銭ずくで見のがしている。だから、御料内には、ばくち打ち、盗人《ぬすつと》などがうよ/\大手をふって歩いている。困るのは百姓町人ばかりだ」
「でもあなた様はお家格で一カ年五十両五人扶持のお役料がつきますのでございますからおよろしいが、二十俵位の家柄の者などは年七両二人扶持でございますから、御番入の入費の埋合せをつけますには、並々の事ではござりませんでしょう」
「おれも、そういう人間達の仲間入りか」
「いや、小吉様、それはあなた様のお心次第、何にもお気弱く泥水にお溺れなさる事はござりませぬ。御父上様は江戸に知れた分限者《おかねもち》でございます。あなた様は、お金の御苦労などはさら/\なされず、日本中の代官所に一人位、骨っぽいお方がいられてもおよろしいではござりませぬか。え。それに、御新さんとお二人きりで、お祖母様のお側をおはなれなさる、真逆あのようなお祖母様でも、夏は暑く冬は雪に埋もれると聞こえた甲州石和までついて行くとは申されぬでござりましょう」
 小吉は曇った空から、俄かにぱっと明々としたまぶしい陽がさして来たような気持になった。
「その上、御兄上様がまた御奔走でやがて御代官におなりなされれば、あの石和の陣屋の経費は——えゝッと、あすこは確か年七百五十両、外に七十人扶持でござりましたかな。御手付御手代方十四、五の御所帯でござりますから、これをそのまゝお費いなされば、お宜しいのでございますが、これ迄は、あすこ許りでなく何処の代官所も大公儀より賜わる御経費を御代官が思うまゝに切り詰め、切り詰めて、半《なかば》の上もみな/\私される習慣《ならわし》でござりますから、唯苦しむのは下役の方々ばかり、自然、困るから料内の百姓町人を苛め、賄賂によってその埋合せをやる、黒いものを白いともするのでございます」
「そうだ、陣屋の経費が代官の請負になっているからいけないのだ。うまい事をやるは代官ばかり、兄上などもその方のようだ。あれは経費を手一ぱいに使わなくてはならぬな。手付手代ばかりが困る」
「だからで御座いますよ、小吉様。あなた様が早く御代官になられますには、先ず、一刻も早く御手付に入られて御辛抱をなされませ。それがやがて御料内の方々のお為めになるのでござりますよ」
「だが、おれは、余り他人にぺこ/\する事の出来ない性質でなあ」
「そこが御辛抱。御新さんのお為め、またたゞ/\あなた様の御番入を祈って、大金をもお使い遊ばしていられる御父上様の御為めでございます」
「おれが石和へ行くようになったらお前も一緒に来るか」
 利平治は暫く目をぱち/\して
「さあ」
 と言葉をのみ
「参りたいのは山々でござりますが、御父上様が——」
「ほい。そうだった。お前は御父上の御側にいて貰わなくてはならぬ人だった」
 小吉が座敷へ入って顔を見た時は、彦四郎は額に一ぱい汗をかいて、何にか、ひどくせか/\した顔つきであった。
「明晩、土橋の平清で招宴を催す。お前一代の場合だぞ。これに些かの粗略があっても唯事では済まぬ。お前ばかりではない、わしも大変な事になる。腹をかけてやれ」
「は? 腹をかけて——切腹でございますか」
「そうだ」
 小吉はまじ/\と彦四郎を見てにやりとした。信濃で強請《ゆすり》の桜井甚左衛門をやる時も兄はこういった。ひょっとするとこれは自分達の使うのと兄は別な意味に使っている口癖かも知れない、そう思った。
「はい」
「麻上下だぞ」
「心得ました」
 平蔵は脇息にもたれ、喜びに堪らないのだろう、ぽろ/\と涙をこぼしていた。
 小吉は後でそっと利平治に囁いたものである。
「腹をかけるのだそうだ。ふっ/\、多寡が代官所の手付になるのに腹などをかけては算盤が立たぬなあ」
「しッ、そんな事をおっしゃってはなりませぬ。腹をかけて、腹をかけて何んでもかでも人前は大声でそう申さなくてはなりませぬ」
 利平治は首を縮めた。一緒に舌も出したかったようだ。
 富ヶ岡八幡の森が青々として、今日は朝から割合に涼しい風がそよぎつゞいた。潮の匂いがしたり、木場の新しい材木の匂いが流れて来たり、遠く洲崎の土手辺りから青草のいきれがそれに交ったり——。
 小吉は麻上下、白緒の草履。お信が月代を当ってくれて、それがいっそ小吉を若々しく見せた。平蔵も喜んで
「しっかりやれ」
 といって、また例によってほろりと涙をこぼしたが、それよりもいっそううれしそうだったのは、日頃はいつも眉の間を寄せて、苦虫をかみ潰したような顔ばかりしている養祖母様《おばゞさま》で、小吉が勝家の養子になって、後にも先にもこれがたった一度、お信の先きに立って玄関まで送って出た。
 こゝでお信が刀を渡した。信州で音吉からとった無反《むぞり》の池田国重。これを腰へ落しながら小吉はお信を見てにこッとして行った。
 深川一の料亭平清——。刻限から半刻も前。
「小吉、何をぼんやりしているのだ。玄関に坐ってお待ち申すのだ」
 彦四郎が大きな声で怒鳴りつけた。
「はい」
 小吉はあわてて広々とした玄関の板の間へ出て行って坐った。すぐ前に玄関内から庭。門へかけて濃い梨色になる程に水を打って、頻りに涼を誘っている。大きな石だの、小笹だのに、この水がきら/\と粒になって、それから少し入った灯籠の灯の色が一つ/\美しく瞬いた。
 平清の女達は、小吉をちらり/\と横目で見たり、濡れ手拭をしぼって持って来てくれたりした。涼しいのだが汗が出る。面倒臭い、上下も着物も脱いで、素っ裸でこゝに斯うして坐っていたら、涼しいだろうなあとふと小吉は思ったりした。その自分の姿がまた自分でもこれ迄見た事もない几帳面な恰好で、てか/\に磨きぬいた板の間へ映っている。
 刻限になって、彦四郎も出て来て並んで坐った。
 客は次から次と入って来た。が小吉の些か知っているのは支配組頭の大久保上野介一人だけで、後は誰一人知らない。
「おれが毎朝日勤をしている大溝主水正様はどの方であろう」
 小吉はつぶやいた。
 やがて酒席になった。この時になって、やがて小吉ははじめて正座に坐っている若い侍が大溝主水正であることを知った。主水正は小吉を見て笑い乍ら手招いだ。小吉は立って行こうとした。彦四郎はぎろりと怖ろしく恐い眼で見て
「しッ、膝行、膝行」
 といった。
「はい」
 小吉はずいぶん離れている正座へ膝をにじらせて寄って行った。
「勝。主水正じゃ。苦労の甲斐あってよろしかったな」
 といった。正に一度咳払いをきいたあの声の感じであった。
「有難うございました」
 小吉は平伏した。大久保と列座した同じ頭の大塚も、世話役の大竹、小島、田所の三人も、小吉は初対面だが、彦四郎は知っているらしい。頭は百俵高、世話役五十俵三人扶持、しかし流石に主水正は三千石の貫禄は充分である。
 甲府石和の代官増田はもういゝ加減の年で髪は殆んど白かった。小鼻の脇の皺の深い、これは好人物のようだと小吉には感じられた。
 それに並んで石和の手付大館三十郎、金子上《かねこかみ》次助。じろりと小吉を見た眼が不思議に白かった。大館は四十がらみで小男で金切声だが、金子上は三十そこ/\のはち切れそうに肥った男であった。
 彦四郎が小吉へ耳打ちした。
「御同役でお世話になるのじゃ。御両所から親しくお流れを頂戴せよ」
「はい」
 傍へ寄った途端に
「男谷、男谷」
 と大久保が彦四郎をよんだ。
 彦四郎へ何か小声で二た言三言早口にいった。彦四郎はうなずいて、小吉の側へ寄って
「小吉。金子上は優しく見えてとんと腹黒い男との事だ。構えて用心せよ」
 といった。小吉は黙ってうなずいた。いわれる迄もなく今、そんな物を感じたところだったのである。
 しかし、とにかくこの酒宴は無事に終った。主水正や組頭や代官は家来も来ているので、これは駕。世話役以下は蓬莱橋から舟で大川へ出て帰ることになった。銘々のふところには相手相応の紙包が窃《ひそ》かに手馴れた彦四郎から渡されて先ず充分なお取持の筈である。
 蓬莱橋まで小吉は大勢の芸者達と一緒に送って来た。
 月は出ているが、朝からの風がぱったり止んで、むうーとするように暑くなっていた。
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