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父子鷹60

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:天の川 まだ本当には正気づかない渡辺兵庫を、駕から自分で背負って連れ込んで来たのを見て、お信よりは利平治が顔色をかえて終
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 天の川
 
 まだ本当には正気づかない渡辺兵庫を、駕から自分で背負って連れ込んで来たのを見て、お信よりは利平治が顔色をかえて終った。ほんの三間に女中部屋と台所のついた程の小吉の家は、裏の地主の山口の高い塀で一方が閉ざされているためか、風の通いがなくひどく暑かった。
「介抱してやれ」
 小吉はそういって、自分で裏井戸から水をくんで来て、そこへねかせた渡辺の額をぬれ手拭で冷やしてやったり団扇で風を送ってやったりした。
「如何《いか》がなされたのでございますか」
 お信がきくと小吉は唯にやっとしただけで
「利平治は知ってるだろう、弥勒寺一件の男だ。左手首を見ろ」
「あゝ、さようでございますか。あの時に酒井先生に」
 利平治は右の拳で左の掌を打って、はゝあーんというようにうなずいても一度しげ/\と見直した。
「そうだ、あの時は酒井先生に——。今日は精一郎の道場を荒しに来て、おれにやられたのだ」
「ど、どうしてまたそれをこちらへ」
「何あに一緒にぞろ/\ついて来たごろつき弟子がどいつも此奴もひどい野郎共でな、こ奴がおれの一撃をくらって道場へ転倒するのを見るや否や一人残らず逃げて終った。こ奴がたった一人道場の真ん中に投り出されているのを見たら、妙に可哀そうになってなあ」
「でも、それでは」
「黙って今夜一晩介抱してやれ。剣術遣いなどというはお互なものだ」
 それ迄少しあっけにとられていたお信もやっとわかってそれからまめ/\しく介抱をする。唯、利平治は、時々首をたれてふと物思いでもするようであった。
 一刻もして渡辺兵庫はむく/\と起きてじろりとみんなを見廻した。お信が狭いぬれ縁の軒先につるした風鈴が鳴っている。渡辺はずいぶん長い間無言でいた。
「どうだ、痛みはしないか」
 小吉がいったが、渡辺は真っ蒼に血の気のない頬を少し苦笑にほころばしそうにしただけであった。
「ねてるがいゝだろう」
 その二度目の小吉の言葉が終るか終らぬに渡辺はいきなり横に置いてある自分の刀を引ッつかむと、すっと立ち上った。
「誇らしげに、おれに情をかけている気か」
 出しぬけに吐きつけて
「血|嘔吐《へど》をはいて死ぬ迄に、何故ぶって/\、ぶち抜かぬのだ」
 凄い眼でじっと小吉を見た。右の肩口から首根へかけて紫色に瘤のように腫上っている。
 小吉はにやりとした。
 渡辺はそれっきり二度と物もいわず、ふり返りもせず、玄関から真っ暗な往来へ履物も無く出て行った。その間に二度程ふら/\ッとした。
「あ、もし、危のうございます」
 お信は心配そうに追おうとした。
 が小吉は坐ったまゝで
「お信、投《ほう》って置け。お互に鍛えてある、あれ位は何んでもないものだ」
 そういってから、ひとり言のように
「好きなようにするもいゝだろう」
 お信もこんな人ははじめてだ。思わず、がっくりと腰を落した。小吉はくす/\笑った。
 利平治は隅っこに、さっきから、いつになくまるで木偶《でく》のように、そんなことどころではないようにぐったりと首垂《うなだ》れて坐っている。これを見て
「おい、どうしたよ」
「はい」
「滅法元気がねえが、どうしたのだ」
「はい」
「一体、何にが起きたのだ」
「はい」
 といって利平治は、またがっくりと首垂れて
「相すみませぬが御新さんより申上げて下さいまし」
「何? お信から」
 小吉は膝を寄せるようにした。お信は小さな声で
「申訳ござりませぬ。あの亡くなられました御|祖母《ばゞ》様が——」
「何?」
「申訳ござりませぬ」
 お信は畳へ手をついて終った。
「御祖母様が一体どうしたというのだ。利平治、こういう事のためのお前ではないのか」
「はい。では、申上げます」
 と流石に利平治はこんどは真正面に小吉を見て
「実は先日から、手文筥《てぶんこ》、お長持など御祖母様のお持物は固よりの事、紙きれ一枚も残さずお探し申したのでございますが御当家御家禄の御切手が見当らないのでございます」
「ふーむ?」
「余り不思議でございますので、念の為めと本日蔵米御役所へ参りましたところ、かねて知合の下役の者が折よくおりまして、その者の申すには、おれも内々の存じ寄りもある、屋敷を探すよりは札差上州屋惣兵衛へ参って見る方がいゝだろうという事で、わたしは真ぐにそちらへ参りました」
「知らぬ間に、御切手を質に札差から高歩《たかぶ》を借りていられたか。はっ/\、あの御祖母様ならそれ位はなさる、すでに亡いお方を悪口してはならんが何分にもこの小吉が気に喰わず、ひどい事ばかりなされたからな」
「そ、それもでござりますよ」
 と利平治は泣きッ面になった。
「斯様申しては相済みませぬが、御祖母様は余りにひどいお方様でございました。書類万端を整えて五カ年、上州屋より利子天引で借上げておりました」
「五カ年?」
「これから五年の間、御当家には一合の御禄米も入りませぬ」
「はっはっはっ。そうか。詮もない事だ。御禄米がなくも、幸いおれは五体満足。真逆餓え死ぬ事もないだろう。はっ/\は、そうか、そうか」
 流石の小吉も余程驚きはしたらしい。
「お信、落胆する事はないよ。お前がめそ/\しては、麟太郎の生気にさわる。元気で、まあおれに任せて置け」
「はい。申訳も——」
「お前が悪いんではない、詫びる事はない」
 利平治は、顔を突出して
「しかもその五年分のお金は御祖母様のお里方へお遣しなされた——」
「もういゝ」
 小吉はきっとして
「何にもいうな」
 途端に、駈け込んで来たらしい草履の音がぴたりと玄関で止んで
「御免下さいまし、亀沢町の男谷より参りました」
 聞き馴れた彦四郎の若党の声である。
「ほい来た」
 と小吉はへら/\と笑って
「即刻参上と御返事を申上げて置け」
 と立ちもせずに大声でそういった。
「兄上のお召しだよ、おれは行って来るが、お前らもこの先き五年一文の銭も入らないという事は忘れて終え」
「はい、はい」
「御祖母様が小吉憎さに溝へ捨てたと思えばいゝ。諦めが肝心だ」
 小吉は、仕合をしたり渡辺を背負ったりして肌着から上まで、びっしょりと汗になっている。
「着替えるよ。その前に、おれは井戸で水を浴びて来る」
 素っ裸で裏へ出た。ざァ/\とつゞけざまに水をかぶる音が聞こえる。
 亀沢町へ行くと彦四郎は眉に深い八の字を寄せて莨盆を前に白い麻の座蒲団へ坐り、前へ坐って挨拶する小吉へそっぽを向くようにして莨を吸っては吐いた。
「今日の道場の様子をきいた。お前程馬鹿な奴は二人とない。すでに子まであるという人間が何んだ」
「は」
「精一郎に恥しいとは思わんか。自分では一かど道場の危機を救ったつもりか何んかでいるのだろうが、こ、こ、この大馬鹿者奴」
 彦四郎はいつもの癖で大きな目をぎょろ/\させ乍ら
「精一郎は、すでにあんな強請などを真正面《まとも》には対手にしない程の人間に成っているのだ。それにお前は何んだ、あんな奴を対手に木剣の仕合など成ってない。わしは未熟だから竹刀にして下さい、門札でも何んでもお持ち下さいという精一郎の気持の鍛錬と、お前の愚かさとを比べて恥しいとは思わんか。あの仕合に勝って、しかも倒れた奴を引っ担いで、一かどのいゝ事のつもりで自分の家へかえるなど馬鹿気切っている。お前はもうあの道場へ出入をしてはならん」
「は?」
「お前のような毒っ気の多い奴は精一郎の側へ寄ってはならんというのじゃ」
「しかし、わたしは団野先生から」
「黙れッ!」
 彦四郎は片膝を立てた。
「あの時はあの時、今は男谷精一郎信友の道場。父たるわしから確《しか》と断る」
「そうですか。わかりました。それでは然様致しましょう」
「忘れるな」
「は。それは忘れは致しませんが、兄上は今もなお剣術はほんの武士《さむらい》の片手間の物だと思召しでございますか」
「何?」
「それでは精一郎が可哀そうです。精一郎は心から剣術を修行している。もう十年もしたら江戸にあれの対手をするものが無くなりましょう」
「馬鹿、そんな事が侍の誉れと思うか。わしは、精一郎に一日の半《なかば》は剣術、半は学問をするように申しつけてある。わしは剣術の上達より学問の上達に眼をつけているのじゃ」
「そうですか」
「精一郎は男谷彦四郎の後嗣《あとつぎ》じゃ、剣術ばかりが如何に強くても、お前のように文字も碌に書けない人間は駄目じゃ。真の剣士ではない。また真の侍でもない。わかったか、お前はそんな無学未熟故無頼の剣術遣いなどを対手に道場に於て真剣にひとしい木剣試合などをやるのだ。重ねて確というが今日限り精一郎の道場へは出入はならんぞ」
「承知しました」
「用はそれだけじゃ、帰れ」
「はい」
 小吉は一礼すると別に不服らしい顔もしないで帰りかけた。彦四郎はじっとそのうしろ姿を見詰めて
「おい、利平治がお前のところにいるそうだな」
 といった。小吉は答えなかった。彦四郎はまた莨を詰めかえ乍ら、小吉は父上五十一歳、すでに老境に入られてからの子だ、甘やかすにいゝだけ甘やかした。その父上は亡くなったがあの爺がついていてはとんと拙いわ、そう心の中で思っていた。
 小吉が割下水へ帰った時はもう更けていた。今夜はじめて気がついたが、星空に天の川がだいぶはっきり見えている。
 小吉の足が不意にゆっくりした。下水に沿って町を右へ曲ろうとする角に、二人黒いものがしゃがんでいるのが眼に入ったからである。
「おい」
 と笑いながら
「弁治だな」
「へえ」
 黒い影が二人一緒に立上って
「五助もおります」
「碌で無しの相棒が今頃そこで何にをしていた。何処ぞへ盗ッ人にでもへえろうというのか」
「と、と、飛んでも御座んせん」
 と弁治を押しのけて五助が出て
「お帰りをお待ち申しておりやしたんで」
「ほうおれが留守だとよくわかったな。だから手前ら物騒だというのだ」
「へッ/\。実あお屋敷を窺いて見ました」
 と弁治
「お広いから一と目で留守とわかっちまった」
「この野郎、馬鹿にしやがる——が、まあ、おれもこの頃あ、こんな有様だ。おまけに今夜は兄によばれ、男谷の道場へも出入り留めよ。明日から、退屈で仕方あねえなあ」
「〆たッ!」
 と弁治と五助、全く一緒に飛上って手を打って
「そう来なくちゃ面白くあねえ。いよ/\あゝたあ、あっし共のものになった」
 小吉は大声で腹を抱えるようにして笑った。
「止しゃあがれ、いくら落ちぶれ果てたとて、おれあ天下の直参だぜ。手前ら見てえな巾着切や逼出し屋の仲間にされて堪るものか」
「とか何んとか脅かしたって、こっちゃあもうすっかりその気になっちまったから、どうにも出来ねえ」
 と弁治。頻りに五助の肩を叩いて
「てめえこゝんところで、逼出し屋は余り外聞《げえぶん》が悪いから足を洗えよ」
「ふン、巾着切だって余り自慢にゃあならねえぜ」
「馬鹿奴。てめえは人の弱味につけこみ、げじ/\見てえな野郎だが、こっちはあっけらかんと油断をしている馬鹿な野郎を、見せしめの為めに狙うのだ」
「こらッ」
 と小吉は大声で怒鳴りつけた。
「こんな夜更けに、阿呆見てえな間抜けな科白《せりふ》をいつ迄きかせて置くつもりだ。おれがところへ二人で来た用というのは一体何んだ」
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