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父子鷹68

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:喧嘩剣術 獅子舞の笛太鼓が何処からか聞こえ出した。お信が急いで玄関へ出て行った。彦四郎はまじまじと見て「暫くであった。小
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 喧嘩剣術
 
 獅子舞の笛太鼓が何処からか聞こえ出した。お信が急いで玄関へ出て行った。彦四郎はまじまじと見て
「暫くであった。小吉、麟太郎とも在宿か」
「はい」
「些か謹しんで仰せ聞ける事がある。二人とも礼服《かみしも》に改めるよう」
「はい?」
「お信、小吉が心がらとは云い乍ら、御旗本の新造《おく》が、ひゞ、赤ぎれのそなたの苦労もやっと報いられる。喜べ」
「はい?」
「花は時が来れば咲くものじゃわ」
 奥の一と間。僅かばかりの庭に苔ののった古い石の燈籠がたった一つ。突当りは地主の岡野の庭との仕切りの塀。障子を開け放してあって、こゝへ来るととろ/\とろ/\獅子舞の太鼓の音が手に取るようだ。岡野の屋敷へ舞込んでいるのだろう。
 端然と彦四郎は上座に膝へ両手を置き、下手には小吉と次に麟太郎、少し下ってお信がいた。
「先ず改めて御慶を申す」
 彦四郎はそういってから
「来る十一日|具足開《おかゞみびら》きの|四つ《じゆうじ》巳之刻《みのこく》、わしが麟太郎を召連れて御城へ参入する。固より上下、万端整えて刻限までに亀沢町まで参るよう」
 小吉が上半身を伏せるようにして何にかを訊こうとした。彦四郎はじろりと見下ろして押しかぶせるように
「阿茶の局、重々のお骨折で、麟太郎、かたじけなくも従一位様(家慶)直々のお目通りが相叶うのじゃ」
「え、えーっ?」
 小吉は思わずこくりと喉を鳴らし少しのけ反って瞬きもしない。彦四郎もまた瞬きもしない。お信ががっくりと崩れるように手をつきうめくように泣いて終った。
 ずいぶん長い間、無言がつゞいた。
「小吉。お信の苦労が実ったと思え」
「は」
 やがて彦四郎は帰って行った。玄関を降りる時に、一寸、足が不自由になっているように感じられた。
 阿茶の局は故父平蔵の実妹である。男谷検校が子九人の中の一番末で、検校がその財力に物をいわせ権門筋へ手を尽くして若くから御城へ登った。今は大奥方になか/\勢いがある。いわば小吉にとっても叔母だが、こうした生活をしている小吉にはこの叔母に逢う事もなく、若い頃に、油堀の屋敷で二度逢ったきりでお顔もはっきりとは覚えていない位である。
 しかし彦四郎は代官に出る前、表右筆《おもてゆうひつ》をしていたから、この人と逢う機会は多かった。
 彦四郎を見送って玄関へ坐ったまゝ小吉もお信も、腰を落して石像のようになっていた。
「ほんとうに」
 とお信がぽつりとそういって
「兄上様はお偉いお方でござります」
 小吉は何にかいおうとした。がそのまゝ口をつぐんで立ち乍ら
「おい」
 出しぬけにいって大きな声で笑った。が一緒にぽろりと涙が落ちた。
 彦四郎は阿茶の局にはずいぶん手を尽くした。今日まで長い間運動をつゞけて来たのである。
 家慶様はやがて征夷大将軍となられるお方だが、その第五子春之丞君のお対手役として一応麟太郎を御覧賜わるという。
「春之丞君は、一橋家御相続と相定まっているお方。麟太郎が万に一つ、従一位様お目がねに叶い奉り、御対手役を仰せつけられれば、申す迄もなくやがては君にお従い申上げて一橋家に入り、行く行く御重役衆ともなるべきもの。小吉。お前もわしも、容易にはお目にもかゝれぬ方になるぞ」
 さっき力をこめていった彦四郎のそんな言葉が腹の底までしみ/″\とこたえた。小吉は一度奥へ入ったが、いつ迄経っても玄関の寒いところに坐っているお信に気がついて、あわてて引返し
「おい、麟太郎様へ改めて御祝膳を奉れ」
「ほほゝゝ、そんな事を申されても、時分時《じぶんどき》では御座りませぬ」
「いゝから奉れ」
「まあ」
 麟太郎は、両親のよろこびも知らぬ顔に、奥へ入ると、上下をぬぎすてて、丁度入って来た岡野の家の三毛猫の首根っこを鷲づかみに、ぴっ/\と髭をぬいている。猫はその度に、ぎゃあぎゃあとあばれる。が、暴れるだけで、麟太郎の手からぬけ出す事も、引っ掻いて逃げる事も出来ないようだ。
「ほう」
 と小吉はこれを見て
「お前、大そうな術を心得ているな。お信御覧な、こ奴あやっぱりおれがようだよ」
 といった。
 その夜、道行く人の息は煙を吐くように白い。一度さらッと粉雪が降ったが、それが止んで、真っ黒い空に撒いたように星が一ぱいであった。
 |九つ子之刻《じゆうにじ》すぎ。小吉は思い立って中之郷横川町能勢妙見堂の御手洗井戸で下帯一つで水垢離をとっていた。ざざーっとかぶる水が星を映してそのまゝ砕けて氷になってきら/\と肌をすべり落ちて、石畳から逆にまた跳返るのが一本々々錐が光るように見えた。
 四千八石旗本能勢熊之助の下屋敷地内。松の内だけに堂籠りの人もなく南に向いた大本堂の燈明がちら/\もれて四辺はしーんと静まり返っている。それだけに、この寒夜の水の音はむしろ凄惨だった。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
 休みなく題目を称え、時には「南無北辰大菩薩」の称えも交る。
 能勢屋敷の妙見の本殿は熊之助の知行所摂州能勢の郡(今は豊能郡)にある。江戸のは安永三年にそれを分体したものだが、天明、寛政の頃からどういう訳か、開運|除厄《やくよけ》の霊顕あらたかといいふらす者があって俄かに売出した。冑をかぶった武士が受太刀の構えをした像で、はじめは刀を真っ向に振上げていたのが、余りにもあらたか過ぎて俗人が御仕えする事が出来ないというので、後世この姿にしたものだという。
 まことは北斗の主星北辰で、他の星は動いてもこの星だけは動かない。これを中心に天体の星が動くのが即ち主人に家来が仕えている姿そのものだというので、その頃の本所深川《ところ》の小普請の侍達が立身出世を頻りに祈願した。
 小吉も前に一、二度は来た。が、手を合せた事もないのだが、今日はどうしても、家にじっとしている事は出来なかったのだ。
 少し風邪ッ気であった。が、そんな事も忘れて、水を浴びる度に、からだは凍るようになって行った。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
 時々、ふら/\ッと目眩いのようなものも感ずる。
 小吉は入江町の時の鐘|八ツ《にじ》をきいて、からだを拭い、着物をまとって本堂へ入って行った。
 誰もいない。その真ん中に坐ってじっと本尊を拝して畳へ額をすりつけた。
「わたしは下らない侍でございます。一と頃は立身出世を願い、天晴れ将軍家《だんな》へ御奉公をと励みましたがそれもこれも今日となっては悉くうたかた。しかし伜麟太郎だけはどうにでもして世に出してやりたい。そしてわたしが嘗つて心にひそめた夢を、あ奴に実らせて貰いたいのでございます」
 はじめ心の内に念じていたのが、知らぬ間に次第に大きな声になって終っていた。
「わたしがように、生涯の小普請で父子二代|塵芥《ちりあくた》に埋もれては、余りに可哀そうで御座います。来る十一日、御目通りの砌は、幸いに従一位《いえよし》様のお目がねに叶い、春之丞君御対手役を仰せつかりますようお願い申上げ奉ります。その為めにはこの小吉の一命を召上げられましても決して否やは申しませぬ。南無北辰妙見大菩薩。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
 繰返し繰返し、もうそこには自分のからだというものが無く、気持だけが、菩薩の膝にしっかりとしがみついているような心地であった。
「十一日迄は必らず御祈念に参ります、何あに死んでも参ります」
 うつ伏したまゝ、気を失ったのか眠ったのか、小吉が、不審に思ってやって来た痩せっこけた堂守のおやじに声をかけられた時は、もう堂の外に夜が明けかけていた。
 次の夜はいゝお天気。次の夜は風、次の夜は雪。しかし小吉は水垢離を欠かさなかった。しかし五日目はからだ中に火がついたように熱かった。小吉はお信へ
「風邪をひいたわ、が、おれは欠かされねえよ」
 と、にっこり笑顔を残して出て行こうとしたが、まるで物につまずいたように、玄関先きでふらふらっとした。
「あなた、お危のうござります」
 お信が鶴のように首を延ばして延びあがる。
「何んでもない」
 小吉はそういって、元気に足音を立てて出て行った。
「夜が明ければ、いよ/\麟太郎が御城へ出る。従一位様にお目通りが叶う」
 小吉は、井戸端で心の中に堅く祈念しながら、大きな声で題目を称えつゞけている。
 雪が降って、時々、それがつむじになってさっと小吉のからだへ吹きつけて来る。
「勝小吉、五日が間の必死の御祈念、どうぞ哀れと思召して御照覧下さいますよう」
 水垢離とって、ふと気がつくと、いつの間に来たのか、そこにはお信と麟太郎が立っていた。しかも麟太郎は、今、袴をぬぎ帯をといているのである。
「こ、こら、何にをする。明日という大切の日を控えて、お前」
 小吉は眼をむいて怒鳴りつけたが、麟太郎は着物を脱ぐ手を休めなかった。
 しかも女の身のお信までが——。妙見は明和五年迄女人禁制であったが今この親子三人の水垢離が、菩薩の大慈悲に通じない筈はないであろう。
 夜の明け方から雪は止んで、雪晴れの江戸の朝は、風も動かない。
 上下姿の小吉が、同じ姿の伜を送って真っすぐ亀沢町へやって行った。男谷の門前にはもう大勢の家来達が出ていたし、駕も二挺用意してある。丁度二人が玄関へ着くと同時に、彦四郎はうしろに精一郎を従えてすぐに出て来た。彦四郎の刀は精一郎が捧げて来た。
「小吉、精一郎が麟太郎の行く手を祝福して今日は道場を出て参りわしの刀を捧げて送ったわ」
「有難う存じます」
 そういって小吉は精一郎の方へ改めて頭を下げた。
 二人の駕が発った。
 小吉と一緒に精一郎も門前まで送った。駕が雪道を踏んで遠退いて行く。両国橋際の藤代町までは真っ直ぐの道。二人は他の家来達と共に、駕が見えなくなる迄、じっと身動きもせずに見送っている。駕が左へ切れて、
「叔父上」
 精一郎がはじめて口をきいた。
「わたくし道場へお立寄り下さいませぬか」
「立寄りたいにもそなたの父に堅く禁じられているわ。それも、思えば久しゅうなるなあ」
「父上はこれ迄剣術は侍が世渡りの一方便と、学問の事のみ仰せられましたが、この程、わしの説は間違っていたかも知れん、学問を忘れてはならんが剣術も悪態にのみは申されぬかななどと仰せで御座いました」
「ふう、そ奴あまことに妙だ」
「それにこの先き道場の事については一切口を出さぬ。お前の思う通りにせよと、口を出さぬとはっきり申されました」
「いよ/\もって妙だ」
「道場はわたくしの自由、わたくしは是非共叔父上にわたくし道場の総支配を致していたゞきたいと存じますが」
「いやあ、そ奴あ駄目だ、今のおれが剣術は町剣術、悪く云えば喧嘩剣術にすぎない。それに引きかえ直心影直統と大そう評判の男谷が道場には却って邪魔になる。兄上があの時堅く出入を禁じられた訳も、おれはこの頃になってやっとわかった位のものだ」
「叔父上にも似合わぬ事を仰せられますね。剣術に町剣術、喧嘩剣術などというものが御座りましょうか」
「ある」
「御座いませぬ。それではわたくしの剣術は道場剣術という事に相成りますか」
「いや、お前のは違う。もう古い事になるなあ、渡辺兵庫を対手にしなかったお前の剣術は、あの時からもうこのおれの何枚方も上であったわ。おれは、あ奴をぶちのめしたあの時と、今の今と、少しも変っていない。だから町剣術、喧嘩剣術という——」
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