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父子鷹80

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:刀剣講 世話焼は両手をつき、仰ぐようにしげ/\と小吉の顔を見て「勝様、あの秀世さんが打って仁吉さんが研げば、それあもう江
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 刀剣講
 
 世話焼は両手をつき、仰ぐようにしげ/\と小吉の顔を見て
「勝様、あの秀世さんが打って仁吉さんが研げば、それあもう江戸中のお武家方が飛びついて参るでございましょう」
「そうよ。御時勢柄近頃はとんとひでえ刀の奴が多い。侍にゃあ、あゝいう刀を持たせたい」
「全くさようで御座いますね。わたくし共のような|がらくた《ヽヽヽヽ》市に参るものには殊にひどいお刀がございましてお拵えだけは立派ですが|かちり《ヽヽヽ》と一合で折れますようなのが多うございます。お武家様がよくお気持悪くなく、こんな物をお持ちなさると思うものがございますよ」
「本所《ところ》の侍は凡そは小普請で貧乏だからよ」
 と小吉は笑って
「講の僅かな掛金で、それが手に入るとなれば、侍はきっと喜ぶ」
「御武家様方ばかりではございませぬ、商売人も押して参ります」
 お信が二人へ茶を出した。二人はかしこまって頂戴してやがて帰って行った。
 小吉は
「あゝあ」
 といって、またごろりと横になり
「ちょいと妙見へ顔を出したらこんな事になった。厄介な奴らだ」
 とひとり言をいったのを、お信は肩を窄めてくすっと笑った。
「あなたのお嫌いな浮世がまた押しかけて参りましたねえ」
「こ奴、亭主をからかいやがるわ」
 小吉は片手で頭を軽く叩き乍ら
「だがなお信、水心子秀世も研師の仁吉も大の酒っ喰らいで、あれだけの腕を持ちながら年中|ぼろ《ヽヽ》を下げてくらしている。刀は侍の表道具だから、こういう時に一口でも多く打たせて置きたいがおれの本心よ。鑑定《めきき》の時に、あ奴の刀だけはぷつっと鯉口を切るとぷーんと匂いがする。立派なものだ。何にもかも妙見菩薩への御供養よ、御利益はきっと麟太郎へ行く。おれは昨夜麟太郎の無事御奉公出精を祈願に行った。図らずもそれが縁故、本来ならば対手にもしないところだが、この講だけは骨を折る気だ」
「どうぞさようなされて下さいまし」
 それから十日経つか経たない中に、本所深川《ところ》を中心に江戸中の剣術遣いがみんな乗気で、すぐに刀剣講が出来て終った。
 講開きを妙見堂でやった時は外は鼻をつままれても知れない暗闇であったが、本堂に溢れるように人が集った。小月代を延ばした侍が多かった。
 堂守が何にか小吉に耳打をした。
 小吉は面倒臭そうに眉を寄せたが、本堂の外の階段へ出て行った。
 三十人ばかりの道具屋風の人達が集って、世話焼がひどく弱っている。
「お前ら、ちいーっと聞分けがねえじゃあないか」
 小吉は大きな眼で四辺を見渡した。
「世話焼さんは知っているが、この講は侍達にいゝ刀を持たせたいとてはじめたのだ。思ったよりも武家方の申込みが大勢で、とてもお前達迄は廻らない。諦めて貰わなくてはならぬのだ」
「で、でも」
 五、六人一斉に口をきいた。
「静かにせ。お前ら、何にかというと儲けにかゝり、慾に目がないからそんな無理をいう。帰れ帰れ」
「で、でも勝様」
 と白髪のひょろりとしたおやじが前へ出て来た。
「こういう事で、お安く水心子が皆様のお手に入るようになりましては、わたくし共、商売が上ったりになって終うのでございます。御無理は申しませぬ、どうぞ一口ずつお入れ願いたいのでございます」
「打ち手は秀世が唯一人だ。おい、名人とは云え秀世は人間だよ。積っても見ろ、そんなに沢山の刀が打てるものか」
「そ、そこのところを、何んとか」
「うるさいッ」
 小吉は怒鳴りつけた。
「余りわからねえことをいうと、斬っ払うぞ。前へ出ろ」
 ざざーっと、一同うしろへ退いた。そのまゝ小吉は堂へ戻る。世話焼が頻りに説いていたがやがて思い諦めてぽつ/\帰って行くようであった。
 世話焼は汗をかいて堂内へ戻って来た。小吉は側へよんで
「心配するな。おれが別に庄司箕兵衛、ほら大慶直胤《たいけいなおたね》よ、あれの講を拵れえてやる。深川大工《ところ》町にいる細川主税正義も懇意だから、あれの講も出来るだろう。神田にいる会津の刀匠|道安《みちやす》も出来る」
 といった。世話焼は、崩れるようにがっくりと腰を落して
「ほ、ほんとうで御座いますか勝様」
「法螺を吹かれたところで元々だろう」
「直胤は秀世と同じに正秀の弟子ですが、わたくしらの間ではあの重ね厚のふくらみは師匠勝り、秀世よりは一枚も二枚も上に置いております。あ、あの人の刀が手に入れば」
「慾かえ」
「いゝえ、わたくしの慾ではございませぬ。江戸のお武家様方のおしあわせでございます」
 この講の世話には、暴れものの東間陳助と平川右金吾が実によく働いて、弁治は固より五助も谷中から出て来て方々廻ったがわざと表には出さなかった。
 丁度この時は東間も小吉のすぐ傍にいたので、世話焼との話を小耳にはさみ
「先生は、直胤をお試しになった事がありますか」
 といった。
「おい」
 と手をふって
「先生は止してくれ。お前にそんな事を云われると、ぞうーっとする」
「どうしてですか」
「どうしても斯うしてもあるものか。勝でいゝんだ勝で」
「は」
「お前も右金吾も近頃あ妙に神妙だが薄っ気味が悪いねえ」
「御冗談はおやめ下さい。あなたの男谷道場での総行司この方、全く心から信服しているからです」
「まあいゝ」
「お試しは? あの刀匠は自ら大慶などと思い上り気に喰わぬ奴ときいていたが」
「思い上りではない、自信だよ。おれはね、あれに頼まれて、二度小塚っ原で生胴を試した。二度とも三つ胴を払って土壇に及んだが、いゝ斬れ味であった」
「は」
「おれは五世浅右衛門吉睦先生から据物居合をみっちり教わってこれで試し物は上手よ」
「然様ですか」
 この年の暮れに、直胤の講も出来、細川主税の講も出来た。直胤の講には、男谷精一郎も入ったし、井上伝兵衛も入った。
 こんな事から、また小吉の顔が隅々まで行渡って、近頃ではそれに小吉も少し弱っている。
「おれを見ると、風態の良くない凄味な奴らが、みんな飛蝗《ばつた》のようにお辞儀をしやがる。往来の人がおれを見るわ、困ったものだ」
「ほほゝゝ」
「あ奴ら、せめても少し真正面《まとも》な服装《なり》が出来ねえものかねえ。人が笑っているのがわからないと見える」
「そう申してやるがよろしゅうございましょう」
「ふん、知ったことか」
 そうはいったが、腹の中では、わざ/\破落戸《ごろつき》を看板のような服装をして自慢げに歩いている奴を見つけたら今度は一つ小っぴどい目に逢わせてやろうかなどとちらりと思ったりした。
 お信がそういうので、岡野の家の孫一郎が隠居をするとか、させるとかいう父子《おやこ》のごた/\には小吉は成るべく立入らないように逃げていたが、それでもやっぱり気になる。どうものっぴきならぬところ迄来て終っているようだ。
 千五百石の父と子がのべつに喧嘩をし、もう孫一郎はきっぱりと出て行ったのかと思うていると、七日に一遍十日に一遍ひょっこり/\帰って来て、ぽん/\ぽん/\鼓などを打っている。まるで無茶苦茶だ。
「ゆうべあなたのお留守に、奥様《おまえさま》が忍んでお見えでございましてね、御支配御老中大久保加賀守からお呼出しがありましたので、いよ/\御家の運もこれ迄と嘆いてお戻りになりました」
「おうい」
 と小吉はまた寝ころんでいたがむっくりと起き上って
「お前、馬鹿だねえ。そ奴あ大変だよ、何故早く云わねえのだ」
「先程から申そうとは存じて居りましたが、あなたのお顔色がお悪いので」
「そうか、脚気の気味で胸の動悸がしたり脚が少々だるいようだが、何あに心配はない。とにかくちょいと岡野へ行って来る」
 寒いが青い空だった。筋をひいたような細長い雲がたった一筋、岡野の屋根の上に見えている。
 小吉が立上ったら、途端に、ぽん/\と鼓が聞こえて来た。思わずお信と顔を見合せた。
「おい」
 小吉のそういうのへ、お信は黙って首をかしげた。
「いくら阿呆でも、家が潰れるという騒ぎに、鼓でもねえだろう。お前、何にか間違ったな」
「いゝえ、奥様はお泣きなさって、いつに似ずくど/\と申して居られましたから」
「おかしいな」
 と小吉も頻りに考えて
「止そう」
 坐って終った。
 しかし岡野が相変らずの顔つきで切戸口から庭先へやって来たのは、それから間もなくであった。庭へ立ったまゝで
「勝さん、いよ/\岡野の家は潰れるよ。困った事だ」
 とまるで他人事《ひとごと》のような調子でいった。
 小吉はさっと障子を開けて
「とにかくまあお上り下され」
「いやあ、おのし」
 と頭に手をのせて
「とんと手が早いから怖いわ」
「そんな事はしない。お困りの時は膝とも談合と申しやんしょう。お上り下され」
 岡野は座敷へ上った。しかし家が潰れる当主とは見えない呑ン気そうな顔つきであった。
「考えて見るとね、何んの御役もせずに先祖の戦功というだけで頂戴している千五百石だ。召上げられても文句も云えないには云えないがなあ」
「そうですか。勝がところなどは四十俵を失ってはならぬと、夜も昼もそればかりを心配している。御大身は違ったものですね」
「千五百石を差出したら、真逆切腹をしろとも云わんだろう。これでわしはさば/\するわ」
「わかりやんした。では帰って下され——え、けえれというのさ」
 小吉の眼がきっと坐った。
「そんな怖い顔をする事はないではないか。斯うは云うがわしは老中の前でうまく申開きをして来る腹でいる」
 ぼそ/\云い乍ら岡野は逃げ腰で少しうしろへ退った。
「殿様がその気なら、用人に化けてわたしがお供をしやんしょうか」
「それあいかんよ。おのしは一間住居《ざしきろう》をやった人だ。わしとは|ぽち《ヽヽ》/\だ。百害あって一利無しよ」
 小吉はがくッとした。岡野は今度はお信へ、大久保加賀守も好んで岡野の家を潰すような事はしまいという事や、万に一つそんな事にでもなったら奥様《おく》は当分|実家《さと》へかえって貰う、二千石でとんと金持だから、屋敷で|ぼろ《ヽヽ》を下げているよりは仕合だなどという。
 お信の頬は白んで時々睨むように見詰めたが、岡野は平気で
「もし裸になったらその先きは清明に寄加持でもさせて養われるわ」
 そういった時であった。
 小吉がいきなり襟首をつかんで、縁の外へ引っ張り出した。
「帰るよ、帰るよ。て、て、手荒は勘弁せえ」
 小吉は、黙って手をはなした。
「はっ/\。埒もない、おのしにつまみ出されに来たようなものだったわ。落着いて相談にもならぬ」
 岡野はぶつ/\いって行きかけた。
「おい、お信、塩を持って来い。あ奴の頭から打ちかけてやる」
 小吉の声をきいて岡野はふり返ると、首を縮めて駈け出して行った。
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