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父子鷹86

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:裸詣 唸る声と共に呼吸がだん/\大きくなって麟太郎ははっきりとおのれに返って来る。「痛いーっ、痛いっ」 物の怪《け》にう
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 裸詣
 
 唸る声と共に呼吸がだん/\大きくなって麟太郎ははっきりとおのれに返って来る。
「痛いーっ、痛いっ」
 物の怪《け》にうなされてでもいるような声であった。
「これ位が、何んで痛てえものか」
 小吉は精一ぱいの声で怒鳴った。またゝきもせず麟太郎を見詰めている。
 長太が吊台戸板の用意をして戻って来た。
 麟太郎を抱いて、これへ移し乍ら小吉は一度
「痛てえか」
 と低い声できいた。麟太郎は答えなかった。松頭もついて入江町の家の狭い玄関から、吊台戸板を奥へ担ぎ込んで来た。お信は床を敷いてあったが
「夜具を積んで寄りかゝらせるのだ。おう、長太、お前、その辺へ行って百目蝋燭を二、三十本集めて来い」
「へえ」
 ごた/\しているところへ、南割下水の外科篠田玄斎がやって来た。お信が先きに手配してあったのだ。
「急所を犬に喰われて片方の玉が下っているようだ。外科の成田幸庵が、むずかしいといって何んの手当もしねえが、何んとか助けて貰いたい」
 小吉が早口でいった。篠田はこの辺ではちょいと名がある。
「睾丸ですか」
 動悸っとした様子である。
「そうだ」
 長太が蝋燭を買って来た。これをそこら中一ぱいに立てて、篠田はたすきをかけ、怖い物でも見るようにそうーっと麟太郎の前をまくった。
「あッ!」
 顔をそむけて、がた/\がた/\慄い出した。
「先生、どうですね」
 松五郎が篠田の顔をのぞき込む。さっきの成田と同様、血の気が失せて蝋人形のような顔に、眼ばかり、ぱち/\している。
 ひどい慄え方だ。
「どうするのだ」
 小吉が篠田をにらみつけた。
「と、と、とにかく、き、き、疵口を縫わなくてはならぬ」
「早くやってくれ」
 そうはいっても、この慄えようではどうにもならぬだろう。
「篠田さん、お前、医者の筈だなッ」
 いったと思ったら、小吉はさっと稲妻のように刀をぬいた。水色に澄んだ池田国重の刀身に火の林のようについている百目蝋燭がぎら/\映って座敷の中を虹が走る。
 小吉は
「やッ」
 とわざと大きな気合をかけて刀を麟太郎の枕元の畳へ突立てた。ざくッと不気味な音がした。
「こら麟太郎、命の瀬戸際だぞ。びくりとでもして見ろ、痛てえとでもぬかして見ろ。急所の疵はなおっても、ぶち落されたらお前の首は二度とは胴へはつながらねえのだぞ」
 お信は泣いている。
「篠田さん、思い切ってやって呉れ。動悸が静まらねえようなれば、さ、こ奴を見る事だ、池田鬼神丸国重という滅法界に斬れる刀だ」
 小吉は突立って、肩を張り腕を組んでそれっきり無言でじいーっと様子を見下ろしている。松五郎、長太も、みんな息をのんで、作り物の人間のように固くなっていた。
 玄斎の頬が微かに紅味を帯びて来た。
 暫く経った。疵口は見事に縫い終せた。その間、麟太郎は歯を喰いしばって、唇からたら/\と血が出たが、痛いとも苦しいとも一と言もいわなかった。
「偉かったぞ麟太郎」
 小吉がはじめてぽろりと涙をこぼした。
「父上」
 麟太郎も口をきいた。
「物をいうな。疵に悪い」
「はい」
 小吉はまた居合の早業で刀を鞘へ納める。きーんと腹へこたえるような鍔鳴りがした。
 みんな無言のまゝでそれからずいぶん長い間、重い沈黙をつゞけた。
 入江町の時の鐘が|九つ《じゆうにじ》鳴った。
 玄斎が一先ず引取ってまた明朝出直して参りますという。小吉はそれを送って出た。
 宵の頃の靄はなく、空は一ぱいの星。真っ暗である。道を歩き乍ら
「先生、あ奴はやっぱりむずかしいかねえ」
「実は今晩にも受合兼ねる」
「今晩? そ、そうか、仕方のねえ事だ」
「尽くすべきは尽くし申した。わたしはあの手術だけを云うならば、あなたのお蔭であれは見事に成功だという自信がある。この上は看病次第だ」
「あ奴あね、青雲を踏みはずした運の拙ねえ奴だ。この儘死なせちゃあ余り可哀そうだ。看病ならどんな事でもしてやる」
「何よりそれが大切。勝さん、しかしあなたは聞きしに優る偉い人だ。今もわたしはあなたのお蔭と申したが今夜は深く教えられた。あなたのあの抜刀の底蒼い光が眼の前になかったら、わしはあの手術に失敗したかも知れない。——とにかく御看病を」
 小吉は途中で玄斎に別れてふっ飛んで引返して来た。
 お信が門のところにたたずんで待っていた。
「あなた」
「ききてえか。玄斎は今夜にも受合《うけあわ》無えといったよ」
 お信は、思わず、わっと声をあげそうになって、あわてて袖をくわえて、もう立ってはいられないように、くた/\と膝が崩れて行った。びっくりしてこれを支える小吉もまた膝ががく/\ッとした。
「泣きゃがるな。おれが看病できっとせがれを達者にして見せる」
 小吉はお信を抱えるようにして家へ入って来た。松五郎も長太も心配そうに眉をよせて、そっと小吉を見る。小吉は首をふって、危ない事を無言で知らせた。
 夜が明けて来た。石像のように坐っている人達の耳へ、三度ばかり唸り声が入ったが、麟太郎は、決して、苦しいとも痛いともいわなかった。
 小吉が|子の刻《じゆうにじ》を相図に能勢の妙見堂へ裸詣をはじめたのは次の夜からである。
「お信、昨夜にも危ねえ麟太郎がまだ生きている。親の一心でおれがきっと助けて見せるぞ」
「はい。あなたが妙見菩薩へお詣りの間、わたくしも井戸で水垢離とって御題目を称えます」
「そうして呉れ。な、哀れな子だ。おれらが二人の力ででもどうにかして助けてやろう」
「はい」
 二日目の夜中。家の門を出てびっくりした。弁治、五助は固より道具市の栄助とっさん。長太に、これ迄縁もゆかりもない松五郎頭。それに剣術遣いの例の東間と右金吾迄が加わって、みんな褌一貫の素っ裸で跣足。小吉が題目を称え乍ら駈出して来ると、そのうしろに食いついて、一緒に駈けて来る。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
 妙見堂では灯を一ぱいにともし、御本尊を開帳して待っている。
 その夜は夜の入りかけに一雨あって、大横川沿いのところ/″\、ぬかるみであった。
 小吉は本堂の前の御手洗井戸で何杯も水をかぶり、ぬれたまゝ、何んと思ったのか、ずか/\と本堂へ上って、本尊の前へ仁王立ちになった。
「これは勝様とした事が」
 堂守はびっくりして小吉を制した。
「いゝのだ。妙見菩薩が本物か偽物か、今度こそおれが試して見る」
「そ、そ、そんな」
「おれは御旗本だぞ、妙見菩薩も並の者には扱うまい」
「と申しましても」
「うるせえ、黙って控えろ——え、もし、妙見様。勝がせがれの麟太郎はね、お前様へ御祈念申した満願の日に、俄かに天から落されて来ましたよ。そ奴が今度は大怪我だ。これじゃあまるで踏んだり蹴ったりというものでしょう」
 世話焼さんが逼い上って来た。
「勝様、勝様、あなたそれは余りの事、御罰が恐ろしゅうはござりませぬか」
 と低い声でいった。
 小吉はふり返って、いつになく少し眉を吊り上げていった。
「罰が当るか当らないか、見ておれ」
 言葉尻が詰ってぴーんとしているので、栄助とっさんは、ぎくっとして、そのまゝじり/\と引退って終った。
「ね、妙見様、お前様がまこと菩薩か、それともそうじゃあねえか、此処で忽ちはっきりするところですよ。お前様が本当の菩薩なら信心のこの小吉を如何に御覧なさる。疾く/\現証の奇特を顕してせがれ麟太郎の大怪我をお癒しなすって下され。若しもだ」
 小吉は一段と大きな声を張上げた。
「あのまゝせがれが死ぬような事があったら、やがて小吉もあの世へ行き、諸神諸仏の御前へ罷り出て、妙見菩薩というは飛んだいかさまだ、かぶとを冠り刀を振上げ、姿形《すがたかたち》はいかめしいが、人を憐み、苦難を助け、いさゝかの慈《いつく》しみも遊ばさぬどころか、徒らに信心者の供養を受けて、安閑といねむりをしている奴だと、洗い浚い申上げるぞ」
「か、か、勝様、勝様」
 今度は堂守が脚へすがるようにした。
「うるさい。おう、堂守、こゝでこのおれがこれだけ云って、家のせがれが助からなかったら、おれが直ぐにやって来て、御本尊を土足にかけて小便をひっかけてやる。その上この堂に巣くっているお前らの首を一人残らず叩き落すが、目に見える御利益があれあ、おれはどんな事でもしてお詫びをするし、一生かけて、命がけの御供養は怠らねえ決心だ」
 その眼の光をまた本尊へ向けて
「さあどうだ妙見様、わかったか」
 いい終ったら、べったりとそこへ坐って
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
 からだをゆすってお題目を称え出した。腹の中からゆり起こって来る声は、涙を交えて実に悲壮であった。
 夜明け間近に引上げた。みな一緒について入江町まで来て小吉が裏井戸で足やからだを洗って家へ入っても、それからまた暫くの間、低い調子で、お題目を斉唱していた。それがさゞ波が磯辺の砂へ忍び上っては、またひそかに退いて行くような感じであった。
 妙見菩薩の前であんな事をいった。勝様に何にか大罰が当りはしまいかと、道具市の栄助とっさんなどは、地べたへ坐って腰が立てない程に心配しつゞけて、死んだようになって担がれて帰ったが、小吉に何んの事もなく、次の夜も次の夜も全く同じ事が繰返された。しかし小吉はあの時きりで、本尊を唯、何千回となく拝しつゞけて帰るだけであった。
 三ツ目橋の袂に風神湯屋というのがあった。柘榴口に鬼が大きな袋から風を絞り出している彫物があってこれがなか/\よく出来ている。これが人気になってよくはやった。
 十二番の松五郎頭が、妙見の裸詣から帰ってこゝへ飛込んだ。浴槽《ゆぶね》の中は薄暗くて、よく人の顔も見えない。少しおくれて二人づれの堅気のものの年寄りが一緒に入って来た。
 道々話して来た続きと見えて
「岡野様の地内にいる勝という剣術遣いはわが子を犬に喰われた上に能勢の妙見様へ悪態をついて気が違ったというが、剣術遣いの気違いは物騒だね」
「だけどな、唯素っ裸で、大勢弟子がついて走り廻るだけで、別に悪さはしないそうではないか」
「その裸で走り廻るのが、もう五十日つゞいているそうだよ。真夜中になると口々にお題目をとなえて、ぴしゃ/\ぴしゃ/\走り出すんで町内はその足音が妙に不気味で堪らないと云っているよ。みんな刻限になると耳をふさいでいるとさ」
「一体いつ迄それをやる気なのかねえ」
「気違いの事だからいつ迄かわからぬだろうさ」
「ついている大勢の弟子というのもまた妙なものだね」
 松頭が、首まで浸っていたのがぬうーっと立った。柘榴口を外へ出る。背中一ぱいの竜の刺青だ。
「もし、念のためにちょいと申上げて置きやすが勝様は気が違ってるんじゃあ御座んせんよ」
 と浴槽へ入る二人へそういって
「親の情の一心で毎夜あゝして妙見様へお通いなさる。あっしなんざあ、門人でも弟子でもねえが、あのお方に一目惚れでね。やっぱり一緒に裸詣をしている仲間ですよ。だが今朝でそれももうお詣納めになった。間違っても気違いだなんぞと云わないでおくんなせえよ」
 二人は慄える程にびっくりした。少し吃って
「え、え、別にね、悪気があって云った訳じゃあないんですがね。町内でみんなそう云ってるもんでね」
「御町内はどちらで」
「川向いの林町なんですがね、こゝの湯屋が気にいって毎日やって来ますよ。頭はこゝの御町内ですか」
「十二番の纏《とうばん》を預かる男でげすが」
「おや、それじゃあ松五郎頭で」
「へえ、さよですよ。これあどうも恐入りました」
「あゝ、お前さんのようなお方が、そうおっしゃるのでは勝様というのは本当に気違いじゃあないんですね」
「気違いどころかいやもう江戸っ子が惚れぼれするお侍でげしてね。坊ちゃまが犬に急所を咬まれて、外科がみんな駄目だと手ばなしたのを看病一つでとう/\助けて終ったんですよ」
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