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父子鷹89

时间: 2020-09-27    进入日语论坛
核心提示:地退《じだ》ち 能勢の妙見はこの頃、小吉が念を入れて肝煎である。麟太郎さんの助かったのは、あらたかな御利益に相違ないとい
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 地退《じだ》ち
 
 能勢の妙見はこの頃、小吉が念を入れて肝煎である。麟太郎さんの助かったのは、あらたかな御利益に相違ないというので、各講中もだん/\盛んだ。それにしても素っ裸で、妙見菩薩に因縁をつけたあの剣幕などというものは、どうして/\勝様も並々のお方ではない。ひょっとすると以前大そう猿江町の摩利支天の御世話をなされ神主吉田蔵人の不心得からお手を切られはしたものの、あの時すでに御神霊がのりうつっていたのではなかろうか、摩利支天様と妙見菩薩とはどちらが偉いのであろうなどと、筋にもなにもならないことをまことしやかに話合っている人などがある。
 そういう人達の口からも、ぽつ/\入ったが、道具市の世話焼さんが、その耳ではっきりきいたといってお堂へ飛込んで来たのは、ひどい土砂降りの夕立の最中であった。
「中組八番の伝次郎が、きっとこの仇は討つ、いくら剣術遣いでも、闇夜のつぶては防げめえなどといっているそうですよ」
 小吉は笑った。
「面白い、やられて見よう」
「勝様は笑っていらっしゃいますがね。麟太郎様をあんなお目にお逢わせ申した。地べたへいざって詫びに来るのが本当だ。それをそんな無法をぬかすを黙っていては、本所深川《ところ》の掟が立たないから、こっちから押込んでやっつけて終おうと松五郎頭が大層息巻いておりますんで」
「勇ましいな。が、世話焼さん。糞をつかめばこっちの手がよごれるよ」
「へ?」
「破落戸などというものは、自分の方の事ばかり云っているものだ。物がわからず無法だからごろつきという。対手にする方が損をするよ」
「と申しましてもね」
「黙っていても、そんな奴は、所詮|土地《ところ》にはいられなくなるだろう。伝次郎というは代々名で、川のこっちの火消では大切にしなくてはならぬ名跡《みようせき》のようにきいていたが、いつの世にも馬鹿はいるな」
「どうも、そう勝様に落着かれては困ります。松頭と一緒にこっちの講中も加勢をして打込んで行くところ迄話が来てるんですがね」
「それじゃあ喧嘩講だね」
 と小吉はいよ/\笑って
「犬があんなに痩せていた。伝次郎というも、碌に三度の御飯もたべねえのだろう。お前《めえ》ら、うっかりすると麟太郎がように急所を喰いつかれるぞ」
 家へかえってこの話をしたら、お信も眉をしかめた。
「この世には無法なお人もいられるものでございますね」
「いるともよ——この間もあの世話焼さんが話していたが、金を貸したがどうしても返さない者がある、きびしく催促したらそ奴がね、破落戸へ頼んだと見え、町の屁を見たような奴が、一寸、顔を貸して呉れと呼出しに来た。あの人は親切だし、いゝ人だから何心なく出て行くとね、何んで金の催促をするのだ、外から借りてまた貸しをした訳ではねえだろう、持っていた金を貸したのだから、てめえが辛抱していれば事が済む、催促をするとは太てえ野郎だといったそうだ」
「まあ」
「返さねえ奴に、何故返さない太い奴だというのならわかるが、話はこうもあべこべなのが、破落戸という奴よ。伝次郎などという奴もこれだ」
「ほんとうで御座いますね。世話焼さんなど、そんなものを対手になさらぬがおよろしゅうございますね」
「そうなんだ、そ奴を松五郎がまたいきり立って、やって終うといっているとよ。困った男だよ。尤も、松五郎の北組十二番と伝次郎の中組八番とは、この間緑町の質屋から出た大火で消口の事から喧嘩になっているのだというから少々面倒だねえ」
「困りましたねえ」
「あの犬の一件がそんな喧嘩の火元にされては叶わねえが、対手が対手だから、ひょっとすると何かあるよ」
 その夜、庭口へそっと忍ぶように岡野の奥様《おまえさま》が入って来た。げっそり痩せて腰の肉などは無い位に細っそりして、やっと立っているという風であった。
「まあ、奥様《おまえさま》」
 お信が、庭へ下りて、手をとって抱きかゝえるようにして座敷へあげた。真っ青であった。
 奥様はべったり坐ると、のめるような恰好でわっと声をあげて泣いた。お信も泣いた。
「いかゞなさいやんした」
 と小吉がいった。奥様は暫く返事も出来ない。
「御心配申してはいたが、今の殿様からわざ/\御用人を使者にお出入留の口上でしてね」
「はい。存じております。重ね重ねの御無礼はどうぞお許し下さいまし」
「いやお出入申しても百害あって一利のないわたしがこと。何んとも思ってはおりませんよ」
「勝様」
 と奥様は苦しそうに息を切って
「今度は重ねてあなたに地退《じだ》ちを申して参ります」
 といった。
 流石の小吉もびっくりした。お信も涙一ぱいの顔を上げて、小吉を見た。
「地退ち? 恐入ったな」
 と半分ひとり言のように
「追い出されても直ぐに行くところもなし、こんな|ぼろ《ヽヽ》屋を取壊して、また建てるにも多少の金はかゝる。その金も無し。こ奴は困りましたね奥様《おまえさま》——が、奥様、失礼だが御屋敷中で、真っ当な人はあなた様お一人、それ故、おたずね申しますが、あなた様は勝の家が地退ちをした方がいいか、悪いか、どちらに思召しますか、それをきかせていたゞきたい」
 と小吉はじっと奥様の真っ青な首筋を見た。まるで血の気がない。油もお使いなさらぬ襟足の毛が淋しく延びて、呼吸の度に肩の辺りが上ったり下ったりする。
「あなた様方が、何処ぞへお越しなさるようなことがござりましては、あたしはもう死ぬより外にないでございましょう」
「え?」
「いかに愚かにせよ実の母をせがれ孫一郎も出て行けがし、そのうしろには用人岩瀬権右衛門が後押しでござりましてねえ。固よりこれも出て行けがし——と申して隠居江雪は御存じの乱行、さりとてこの年になりましてのめ/\と里方へも帰られず」
「もし、奥様」
 と、小吉は堪らなくなって、
「殿様は失礼だが、御祖父様酒乱の糸をひいてまあ気が違っていらっしゃる。が、用人は家来だ。あ奴までがそんな——」
「はい。この間、武州の知行所から持来させました金子の中、おのれの給金二十五両に二十俵五人扶持をさっさと天引き致しましてねえ」
「あの用人が二十五両二十俵五人扶持? こ、こ、こ奴あ驚いた。岡野の屋敷からそんな高給をむさぼり取るは、首っ吊りの足を引っ張るも同じ事。ひでえ男もあるものだ」
「その上得態の知れぬ女子《おなご》などを孫一郎へ取持っては機嫌をとり、筋のよくない高歩貸からも金子を借りて参る様子、唯、気兼ねは隠居江雪が後をよろしくと頼んで参りましたを存じておるものでござりますから、勝様、あなた様お一人が眼の上の瘤なのでございます」
「ふーむ。それでわたしに地退ちをさせ、後を勝手にしようと云うのか」
「さようで御座います」
「奥様、うっかりすると、これあ岡野千五百石が、あの用人に喰い潰されやんすなあ」
「何んとかならぬものでござりましょうか」
「さあ」
 と小吉は腕こまぬいて舌なめずりをした。
「お信、お前、思案はねえか」
 お信は微笑して小さな声で
「わたしがような女子に思案など——」
 といって、じっと小吉を見る眼の中を、小吉は読んだ。
「奥様」
 と声を低め、
「気づかれないようにそうーっとお帰り下さいまし、勝がしかと引受けました」
 といって、
「ひどい奴だ」
 とひとり言を呟いた。
 次の朝。小吉は袴をつけ羽織を着て岡野の玄関先へ突っ立った。用人の権右衛門がすぐに出て来た。
「殿様は在《あ》られるか」
「御他行でございます」
「そうか。それはあの方も飛んだ仕合であった。このおれに地退ちだなんぞといわれるなら首ねを折ってやるつもりで来た」
「え?」
「おい、おれはな、隠居の江雪から屋敷の事を一切頼むと手を合されている男だ。お前なんぞと五分の話をする身分じゃあねえが、云ってやる。どうだ岩瀬、お前、この屋敷を出て行かないか。お前のかいている悪業は、何にもかもおれが見通しだ」
「そ、そんな、あなた」
「いやならいやでいゝ。岡野が組頭の長井五右衛門どのへ始終を話し御支配向へ訴えて物の埒口をつけるから、その時になって、泡を喰ったとて間に合わねえぞ。武州や相州の知行所の百姓から、何んだかんだとお前がせしめている金高が、屋敷の帳面と合わないから、お前、嫌やでも切腹だがいゝか」
「飛んでもない、わたしが何にもそんな」
「不正がねえと朝っぱら、勝小吉の前で嘘をつくたあいゝ度胸だ。おれは百姓共からちゃんとした書付をとってある。黙っていてもこ奴が御支配向に口をきく」
 小吉は、ふところから五、六通、何にか筆太に書いた書付を鷲づかみに出して、ぽん/\叩き乍ら
「岩瀬、どうだ」
「う、う、う」
「お前、この貧乏屋敷から二十五両二十俵五人扶持も召上げたら、もうそれでいゝだろう。この上は逆さにふっても血も出ねえ。それに、そちらこちらでお前が借りて持込んで来る高歩の金の元金も利子も、てんからお前が懸けている。その儲けだとて大そうだ。な、いゝか、この屋敷は千五百石、徳川御家《とくせんおいえ》の御旗本だぞ。取りも直さず御家のお末だ。そ奴へそんな事をしたと、御支配に証拠を出せば、おい、切腹どころか——岩瀬、お前がような氏素姓もねえ用人風情は小塚っ原で月見をしなくちゃあならねえがいゝか」
 岩瀬権右衛門は青くなった。式台へちょっと片足をかけ、膝がしらへ肱をのせて、低い声で内緒事のようにいっている小吉に睨みつけられて、じり/\とうしろへ退った。
「これだけの」
 と、また書付をぽんぽん叩いて
「大事《おゝごと》をやる男だ。かねて事露顕のあかつきは斯う/\と案文もつけてあるであろう。しっぺえ返しが出来るものならして見よ。その代り、そんなに長くは待たねえよ、今日一ンちだ」
 小吉はそれっきりですっと帰って終う。
 その晩、お信が様子を見るために庭の木戸から忍んで行ったと思ったら、また脇を抱えられるようにして奥様もこっちへ来た。
「岩瀬は、お昼頃、孫一郎へ暇を願い出ました。孫一郎が頻りに留めていましたが、たってというので、|八つ《にじ》ごろに立去りましてございます。有難うございます。すぐにも参ろうと存じましたが、どうにもこの姿では昼の間は一歩も出られず、それに孫一郎が酒を飲んで、あられも無く暴れておりまして」
「先ず一難は去りやんしたが奥様。明日から貸金取りが、ぞろ/\とやって来ますよ」
「え?」
「岩瀬がけしかけてよこしますが、向うで云う貸した金高と、殿様が借りた金高とは、一口で二両や三両きっと違う。利子も違う。わたしはそんな事だと思っている。だが、おかしかった、わたしがところにある証文を、百姓から取って来たと鼻っ先きへ突出して叩いたら、そ奴を拝見とも云わないで恐入ったは、とんと張合のない男でした。まあ心配はない。わたしが明日は朝から玄関で力んでいてやる」
「何分ともお頼み申します」
「その代り、わたしが云う事をきかなければ、殿様の片腕位はへし折るかも知れませぬよ」
 お信が
「あなた、そんな——」
 といったが、奥様は
「承知いたして御座います」
 と頭を下げた。
 麟太郎を男谷の道場へ送り出すと、小吉はすぐに岡野へ行った。案の定、貸金取りが早々にやって来た。
 小吉は、にや/\して
「証文をお見せ」
 と手を出して
「お前、おれが誰だか知っていようねえ」
 といった。
「どなた様か、存じません」
「何? 知らねえ」
 小吉は大きな眼をした。
 
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