温泉場へ向かう特急電車に乗ったときのことだ。おそらく同じ職場の仲間の慰安旅行なのであろう。四十代五十代の十人程の一団が、発車を待ちかねたように、持参の酒、ビールとおつまみを配り、酒盛りを始めた。
「さあ、一杯いこう」と、世話役らしい男が酒瓶を持って皆に酌をして歩いている。相好を崩しっぱなしのその顔の、いかにも酒好きらしく無邪気なのが、私にはひどく懐しいものを見るようだった。
われわれが若い頃は終戦直後でたべものも不自由なら、酒は大変な貴重品で、先輩に酒を誘われでもしたら、それだけで顔の筋肉が弛《ゆる》んだものだ。
それに、十代の終り頃は、タバコもそうだが、酒は背伸びして大人の真似をするための最高の麻薬だった。もちろん当時のことだから、鼻でもつままなければとても飲めないような臭いのきつい焼酎か、薬用のエチルアルコールを水で割ったという代物で、日本酒やウイスキーは手の届かない高嶺《たかね》の花だった。だから、味わいなど期待もしなかったし、ただ酔うというだけの飲み方で、少ない量で酔うためにつまみを取らなかったくらいだ。
そんな安酒でもありつければ最高で、目の前のコップになみなみと注がれた無色透明の液体を見ただけで、電車の中で酒盛りを始めた中年の男のように、つい相好が崩れてしまったものだ。
それから今日まで、酒の入らない夜といえば病気で寝込んだときくらいで、それこそ長い長い酒とのつきあいが続いているわけだが、世の中がこう豊かに落ち着いてくると、自分のそういう酒への対し方を、ひどく気恥ずかしく思うことが近頃よくある。
たとえばこういうことだ。
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君も知っての通り、ここ数年私は毎年定期便のようにアメリカヘ出かけている。向こうの関連会社幹部との定例会議に出るためだが、行くたびに感じることの一つは、向こうのエリートビジネスマンといった連中が、どんどん酒を嗜《たしな》まなくなりつつあるという傾向だ。
昼の会食でも、テーブルに着く前にカクテルの小パーティーがあるのが慣わしなのだが、そのとき、つい去年まではドライマティーニを一杯で足りず二杯傾けていた男が、ペリエのグラスを取るように変わっているのだからびっくりさせられる。だから、ドライシェリーやカンパリソーダを所望するのは我等日本人ばかりで、向こうはペリエでなければオレンジジュースと、言い交してでもいるようにアルコールには手を伸ばそうとしない。
晩飯のときは、さすがにワインは断わらないが、見ていると、最初に注がれた一杯だけで、注ぎ足しをさせることなどないというのが同席者のほとんどなのだから、一杯で足りるはずのないこっちとしては、大いに気がひける。
こうしたアメリカのビジネスエリート達の変身傾向は、ここ十年流行ともいえる勢いで広がっているようだが、その根となっているのは健康管理の思想で、酒、タバコといった健康に害のあるとされるものは潔く遠ざけ、スポーツで肉体の老化を防ぐという禁欲的な生活信条に対する右へ倣《なら》えが、これほどまでに一斉に行なわれているのは驚異という他ない。
それでいながら、アメリカにおけるアルコールの消費量はけっして減ってはいないといわれている。そういえば、マンハッタンのイタリア街や“ホームレス”の集まるアルファベットシティあたりを通ると、昼間から酔っ払いが道端に寝ていたりするのをいまだによく見かける。ということは、飲まなくなったのは“上流”だけで、下層の飲酒量はかえってふえているのかも知れない。
ひと昔前のアメリカ映画にはやたらと酒を飲む場面が出てきたし、金持の家で客を迎えるシーンといえば、その家の主が部屋の一隅にあるミニバーで「何を飲む?」とまず聞くのがお定まりだったのに、近頃の映画には西部劇は別として、めっきり飲酒の場面が少なくなった。
アメリカという国は、その昔禁酒法を施行したことがあったが、結局それを元に戻すしかなかったというのに、いまは法とはなんの関係もないヘルスブームという時代風潮の昂《たか》まりだけで、禁酒時代が現出しつつあるのだから面白い。
しかし、本当に健康のためだけに禁酒者がこんなにもふえているのだろうか、という気がしてならない。彼等は、健康もさることながら、それよりもむしろ、“健全”を目指しているように思えるのだ。人の上に立つ者としての自覚が、よき市民、健全な市民に向けて自らを変革しようとしているその現われではないのか。これは大げさにいえばある種の文化大革命であり、生活意識の変革行動といえるのかも知れない。
彼等は、人前だけを取り繕《つくろ》う紳士ぶりではなしに、芯から底から無垢《むく》の紳士に自己変革しようと努め始め出したように、私には見える。
男の本音が“飲む、打つ、買う”にあるのは否めないが、イギリスで磨かれた紳士道はその三つに節度のタガをはめた。それをいまのアメリカのエリート達は、自ら進んでその本能をまるまる封じ込めようとしていることになる。しかもそれは、メイフラワー号以来の清教徒《ピユーリタン》の戒律によるのではなしに、ギリシアのストア学派のように、自らの哲学によって厳格に身を持することでそれを貫き、崩すまいとしているのだ。
十年程前は、親しくなるとあまり品のいいとはいえない冗談を結構彼等にぶっつけることもあったが、酒をペリエのグラスに持ち替えた彼等には、それさえも口にしにくい雰囲気がある。なんだかすっかり謹直になってしまって妙なことでも言おうものなら、蔑《さげす》みの冷笑に遭いそうな気がするからだ。
酒と聞いただけで相好を崩し、駈けつけ三杯的な卑しい飲み方がいまなお改まらない私のような人間は、そういう彼等と対していると、文化的劣等感のようなものを覚えて臆するのだが、だからといって、一念発起して彼等の真似をする気にはなれない。年をとり過ぎたこともあるが、もともとストイシズム(禁欲主義)とはおよそ無縁な、無頼の思想に憧れて大人になった偏った人間だという自覚が強過ぎるからだ。
そう一方で居直りながら、もう一方では電車の中の中年グループの酒盛りの有様に、自らの恥部を鏡に映されでもしたように、思わず舌打ちする。すなわち、自分の酒は紳士貴顕のそれにはほど遠く、野卑そのままで四十年に及ぼうとしているのを、否応なしに自覚させられるゆえの自己嫌悪だ。
たいていのサラリーマンは、望外の昇進や昇給を申し渡されたときも躍り上がりたい気持を顔に出すまいと抑えるものだが、酒に限ってそうした抑制が働かない傾きがある。だが、これからの国際化の時代に生きる君達のような男は、酒に対してもクールを装い、それが自然体になるようにしないと、どこかで見下され、心の底からの対等のつきあいなど出来ないのではないだろうか。
私達のような貧窮の時代に育った人間は、もはや救い難いのかも知れないが、君達にはそれが出来るはずだし、そう努める義務があると思う。
酒には、男の品性を計るリトマス試験紙のようなところがある。しかもその品性の尺度も、狭い島国の酒品さえ守っていればいいというわけにはいかず、欧米諸国のエリート達の基準に照らして遜色《そんしよく》ないものであることを、これからの人である君達は求められる。
その点私は反面教師に過ぎないが、悪い手本が身近にあるというのも、考えようによってはいいことかも知れない。