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受精19

时间: 2020-09-30    进入日语论坛
核心提示:19「舞子さん、お昼はぼくがおごりましょうか」 診察が終わったとき、コンピューターの画面から眼を離して、ツムラ医師が日本語
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19
 
「舞子さん、お昼はぼくがおごりましょうか」
 診察が終わったとき、コンピューターの画面から眼を離して、ツムラ医師が日本語で訊いた。
「ありがとうございます」
「少し待って下さい。回廊付近はどうでしょう。十分後に行きます」
「分かりました」
 舞子は診察室を出る。
 同じ日本人のよしみからか、初めミズ・キタゾノと呼んでいたツムラ医師も、診察が重なるにつれて、舞子さんと呼ぶようになっていた。
 玄関近くの空いていたソファーにしばらく坐《すわ》り、腕時計を見て回廊に向かう。ツムラ医師とは大理石の像の前で鉢合せになった。
「ここはぼくの気に入りの場所です。病院の中に好きな場所なんてほとんどないですけど」
 ツムラ医師はざっと彫像を見回す。「ほら、ちょっと見た目には美術館のようでしょう」
「わたしもここは好きです」
 舞子が言うと、ツムラ医師は意外そうな顔をする。
「どれか気に入った像がありますか」
 どこか値踏みするような口調だ。
「これです」
 ためらわずに答えていた。
「ぼくと同じだ」
 ツムラ医師が嬉しそうな声を上げる。「よくできています。本当に」
 舞子ももう一度、像を眺める。
「繋《つな》がれて、顔を隠されているところに、妙に魅《ひ》かれます」
「隠すことで、見る人の想像力を刺激するのでしょうね。男性だったら、あのヴェールの下に、自分の理想とする美しい女性を思い描くでしょう。女性だったら解き放してやりたくなる。いずれにしても、すべてが観客の想像力にゆだねられています」
 ツムラ医師はそう言って歩き出す。漠然と考えていたことが、ツムラ医師の説明で明確になったような気がした。
「それからもうひとつ、これは舞子さんには無関係かもしれませんが、あの像にぼくは陰の部分も見てしまうのです。二重映しになった陰を」
 ツムラ医師は舞子を振り返る。舞子はどこに連れて行かれるのか不安なまま、石像の陰の部分とは何だろうかと首をかしげる。
「あの彫刻は白人奴隷を描いていましたね。本当は、黒人奴隷こそがその場には似つかわしいのです。サルヴァドールは、アフリカから連れてこられた黒人たちの上陸港だったのです。それこそ何十万、何百万人と運んで来たのではないでしょうか。そのひとりひとりに肉親との別れがあったのですから」
 ツムラ医師の口調が湿っぽくなる。
「考えてもみませんでした」
「故郷から根こそぎ連れてこられ、親子兄弟離れ離れに売られていく。こんなに悲しい出来事はありませんよ。ブラジルの大地というのは、そんな悲しみが沁《し》み込んでいるのです──」
 もしかしたらツムラ医師は黒人女性を愛したことがあるか、恋人が黒人なのかもしれないと舞子は思う。
 奴隷の話を聞いたいま、あの大理石像も、もうこれまでと同じ視線では見られそうにもない。
「あ、もうすぐスコールが来ますよ」
 ツムラ医師が海の方角を向く。青い空に雲はなく、陽光の下でスプリンクラーがゆっくり回転している。どこにスコールの兆候が読みとれるのか不思議だった。
 芝生を渡ったあと、三メートルはある夾竹桃《きようちくとう》の植え込みの前に出た。さらに奥にはいると、三階建の建物が四棟、バラ園やハイビスカスの咲き乱れる中庭を挟んで並んでいた。舞子もまだ足を踏み入れたことのない場所で、乗馬の練習の際に遠目に見たときは、中規模のホテルだと勝手に思い込んでいたのだ。
 ツムラ医師は建物の中央にある扉の前で、プレートの数字をいくつか押した。
「あまり大した料理はできませんが、いかにもブラジルらしいというのを作ります」
 自動扉が開くと、舞子を先に促した。
「ここは医師宿舎ですか」
「そうです。それも独身用で、向こうのは既婚者用。ちゃんと食堂もあって、そこで食べることもできます。もちろん、自分の部屋で作っても構いません。ぼくは食堂の世話になるのは夕方のみです。舞子さんたちが食べるレストランはおいしいですか」
「わたしは大好きです。たいていの料理が口にあいます」
「それは良かった。あのレストランでの夕食一食分は、ブラジル人の平均賃金の一週間分に相当します。つまり、朝昼晩の食事を二日間食べて、一ヵ月の給料が丸々吹っ飛ぶ勘定です。おいしいのは、まあ当然でしょう」
 階段をのぼりながらツムラ医師は言った。「そこへいくと、ぼくが作るのは一般のブラジル人が食べる料理。いいでしょう?」
「いいです。すみません」
 なるほどそういう意味をこめて、ツムラ医師はわざわざここに連れてきたのかと舞子は思った。
 三階にある居室は、単身用にしては広々としていた。ダイニングとリビングが一緒になり二十畳くらいの広さはあるだろうか。ベランダには金属製の椅子《いす》とテーブルが置いてあった。
「夜、ここに坐《すわ》って星を眺めるのが好きなんです。ピンガでも飲みながら」
 確かに海の方の雲行きが怪しくなっている。ツムラ医師の予測が的中していた。
「それじゃ、ここに坐って待っていて下さい。すぐ用意します」
 ツムラ医師は部屋の中にはいり、白衣を脱いで、首からエプロンをかぶった。
 生温《なまぬる》い風が吹き始め、夾竹桃の枝が揺れ出す。目をこらすと、遠くにあるヤシの葉も一定方向になびいている。もう空の半分が灰色になり、陽がたちどころに翳《かげ》った。
 雨は突如として降り出す。海の方から押し寄せてくるのでもなかった。パラパラと屋根や樹木にはじける雨音がしたあと、一挙に本降りになった。舞子は慌てて室内にはいった。
「もう少しで、できます」
 エプロンをつけたツムラ医師が、オレンジジュースに氷を入れて持ってくる。レストランで出されるジュースもおいしいが、それよりももっと風味があった。日本の果汁百パーセントのジュースなど遠く及ばない味だ。
 肉を炊《いた》める匂《にお》いが鼻をつく。
 数分後、出来上がった料理がテーブルに置かれる。ライスのなかに野菜や肉が混じり、外観はどこか焼飯に似ている。
「どうぞ」
「いただきます」
 舞子は手を合わせ、さっそくスプーンで料理を口に入れる。
 味に油っこさはなく、牛肉がはいっているにもかかわらず、どこかさらりとしていた。
「おいしいです。何という料理ですか」
「コミーダ・アサーダ」
「先日、サルヴァドールの料理学校で、いろんな料理を見たのですが、これはなかったような気がします」
「そうでしょうね。これはツムラ家の料理ですから」
 ツムラ医師は、してやったりという顔をする。
「日本語に訳すると?」
「ヤキメシ」
「なあーんだ。それなら知っています。でも日本の焼飯とはどこか違います」
「米も肉も油も違うからでしょうね。そもそもは祖父が作り始めて、父が香料も考えたらしいのです。気に入ってもらえて、安心しました」
 ツムラ医師はほっとした顔をする。
「先生のおじいさんがブラジル移民なんですね」
 舞子はツムラ医師が日系三世だったのを思い出す。
「そうです。一九一五年に祖父が渡ってきたのです。十四歳のときです。同じ村の人の養子になって、移民の募集に応募しました」
「どうして養子なのですか」
「家族に三人、働き手がないと移民が許可にならなかったのです。ブラジル政府にしてみれば、人手が欲しくて外国人を招き入れるのですからね。もっとも形だけの養子なので、こちらに定住したあと、何年かして養父母とは別れてひとり立ちしました」
「来た当初は大変だったのでしょうね」
 移民について学校で習ったことなどない。周囲にもそんな家族はいなかった。
「それはもう」
 舞子が食べ終わったのを見て、ツムラ医師は皿を取り下げ、冷蔵庫の中からガラスの器にはいったデザートを運んでくる。
 ヨーグルトをからめたフルーツポンチで、冷たさがなんとも舌に快い。今し方作った様子はなかったので、朝から準備して冷蔵庫に入れておいたのだろう。そうすると、ツムラ医師が昼食に誘ったのは単なる思いつきではなさそうだ。
「イミンはキミンだと父が言っていたのを覚えています。棄《す》てられた民という意味です。狭い日本を出てブラジルの大地へ、というのは表向きのスローガンで、実際は日本では食っていけない次男坊や三男坊が移民になったのです。
 祖父はサンパウロ近くのコーヒー農園で働いてお金をため、十年後それで土地を買って独立したのです。今度はコーヒーではなく野菜を作って、道端で売ったり行商したりしました。結婚したのは三十過ぎてからです。三男二女が生まれました」
 ツムラ医師は三男二女のところで発音しにくそうに口ごもった。
「子だくさんなのですね」
「子供は宝でしたから。ぼくの父は次男坊で、中学校を出ると、日本人がやっているクリーニング屋に働きに出て、後に独立して弟と二人で店を大きくしていきました。父の姉は美容師の資格をとって、店を一軒もち、そこで妹を働かせ、学校にもやったのです。言うなれば子供たちが上から順に、下の子供たちの進学と就職を手助けしました」
 ツムラ医師は淡々と言う。舞子には初めて聞く移民の生活だった。
「クリーニング屋と美容室は、今でも日系人がやっているところが多いですよ。資金も少なくてすむし、家族の人手があれば、やれるでしょう。そんなに汚い商売でもない。苦しい農業から抜け出すには一番でした。
 でも、本当に大変だったのは、祖父が結婚して子供が出来た頃に起こった第二次世界大戦です。ブラジルはもちろん連合国側につきましたから、日系人は敵国人になったのです。日本語教育が禁止されたり商売を邪魔されたり大変だったようです。そのうえ、戦争が終わってからも、日系人たちは二つに分かれて争いました」
「日系人同士で争うのですか」
 舞子には奇妙な話に聞こえた。
「大多数の日系人が日本敗戦のニュースを嘘《うそ》だとみなして、いずれ天皇の軍隊が自分たちを南米まで迎えに来ると信じたのです」
 冗談だと思って舞子はツムラ医師の表情をうかがったが、真剣な眼に見返された。
「だって、新聞もラジオもあったのでしょう」
「もちろん。しかし、すべてをニセの情報だと思ってしまった。それも九割以上の日本人がです。それがいわゆる勝ち組です。祖父は反対の負け組でした。負け組は、ニュースの真実性を知らせるために小さな新聞を作って、日本人の間に流しました。これが、勝ち組の怒りを誘ったのです。負け組の運動をハイセン・カタルと呼びました。ハイセンは肺の上の方のことで、カタルは結核のことです。そんな語呂合《ごろあ》わせだけならよかったのかもしれませんが、勝ち組は腹いせに負け組のリーダーたちを襲ったのです。結局、リーダーのうち三人が殺されました。祖父も殺されかけたのですが、子供だった父が大声を出して抵抗したので、相手は逃げていったそうです。しかし祖父の親友はその犠牲になりました」
「争いはいつまで続いたのですか」
「戦争が終わった五年後ですよ。全く、人間の判断力というのは、先入観次第で恐ろしいほど狂うものです。そんなとき人数なんて問題ではありません。いやもしかすると、人数が多いほど間違った方向に流されていくのかもしれません。しかも、あれだけ敗戦の情報がはいっていながら、それを逆にニセの宣伝情報として、耳を貸そうとしなかったのですから。天皇の軍隊が負けるはずはないという先入観のもとでは、目も耳も用を足していなかったということです。あの頃、日本人は三十万か四十万か、いたはずですけどね」
 ツムラ医師はハンカチを出して鼻髭《はなひげ》をぬぐう。「しかし今はもう、そんな昔のことを話題にする日系人も少なくなりました。体験者である一世は亡くなるし、三世も、学校で習うのはブラジルの歴史で、日系人の歴史ではないですからね」
「ツムラ先生のようなのは、むしろ珍しい?」
「まあ、そうでしょうね。大学教育を受けるほど、ブラジル人だという意識が強くなり、日系人意識は薄れます。かといってブラジル人と結婚するのは極めて稀《まれ》です。姿かたちは日本人のまま、中味はブラジル人になりきっていくのです。変でしょう?」
「先生はそう感じません。こうやって日本語で話せるからでしょうか」
 舞子は首を捻《ひね》る。
「本当にブラジルの日系人というのは奇妙なんですよ。他の国の移民はまだ、二世代前の生活環境に留まっているのに、日系人だけは世代毎に職業を変えてきた。一世は農業、二世はクリーニング屋か商店、三世は建築士か弁護士。サンパウロ大学の医学部でも、二割以上が日系人です。だからブラジル人は冗談に、医学部にはいるには勉強するよりも、日本人ひとりを殺したほうが早いと言います」
 ツムラ医師は初めて笑う。
 窓の外のスコールがいくらか勢いをなくしていた。
「いつか舞子さんに、バーバラについて訊かれたことありますね」
 雨脚の具合を調べ、こちらを向いたときツムラ医師が言った。
「はい。自殺した人のことでしょう」
 さり気なく舞子は答える。
「ぼくも気になって調べたのです」
「死体をですか」
「いや、一件書類をです。書類といっても、すべて、コンピューターの中のデータですが」
 舞子はツムラ医師が操作していたコンピューターの端末を思い出す。自分に関する情報のすべてが、その画面の中に入れられているのだ。
「データは全部消えていました。彼女のところだけ、そっくりです」
 ツムラ医師の声がはっきり耳に届く。スコールが止み、雨音がすっかり消えていた。
「どうしてなのですか」
「分かりません。まるで、初めからバーバラ・ハースという女性が存在しなかったかのようにです。彼女はぼくがちゃんと診察し、検査のデータを入力したのですからね。半年にわたって」
「コンピューターの管理は?」
「それは病院の中央情報室でやっています。病院の端末はすべて、そこのコンピューターにつながれています。ぼくもそこに出向いて、どうなったのか訊きました」
「責任者にですか」
「もちろんです。考えられないエラーですからね」
 ツムラ医師はそのときの怒りを思い出したように、声を荒らげた。「彼の話では、バーバラが亡くなった時点で、データを移動しようとしたのだそうです。その途中ですべてが紛失して、現在調査中だというのです」
「データのコピーはないのですか」
「それが、バックアップ態勢をとっていなかったの一点張りです」
「そんな──。嘘を言っているとしか思えません」
「いずれにせよ、結局データは消えたままですよ。ですから、ぼくが彼女について知っているのは、この手で診察した感触だけ」
 ツムラ医師は純粋に医学的な表現をしたのに違いなかったが、舞子は急に恥ずかしさを覚える。自分の身体《からだ》も同じように、彼によって診察されているのだ。
「可哀相です。その人」
 舞子は呟《つぶや》く。湿地の縁に倒れていた彼女の最後の姿が、目の底にはっきり浮かび上がる。コンピューターの中のデータだけでなく、彼女が最後に辿《たど》りついたその場所でさえも、今はショベルカーで消されてしまっていた。
「ぼくは誤ちを犯したかもしれません。検屍《けんし》か病理解剖をしておけばよかった」
 ツムラ医師は言い、席を立つ。舞子にコーヒーはどうかと尋ね、ドリップ式の器具にセットし終えて戻ってきた。
「しかしもう取り返しがつきません。いったい何があったのか──」
 ツムラ医師はじっと舞子の方を見つめた。
 もしかしたら、と舞子は身を硬くする。ツムラ医師はこちらに鎌《かま》をかけているのではないか。こうやって昼食にさそったのも何か下心があってのことではなかったか。
「その人とは一度も会ったことはなくて、ユゲットから聞いただけですし」
 舞子は当惑してみせた。
「ミズ・マゾーにも訊《き》いてみました。彼女はバーバラが自殺するはずはないと否定しました」
「死体の発見者は誰ですか?」
 舞子は質問する。少なくとも、誰かがバーバラの死体を屋上まで運び上げ、下に落下させたのだ。その人物たちが、あの沼地まで車でやって来た連中と同じである可能性は高い。
 ロベリオが馬で人を呼びに行ったあと、ワゴン車で来た男たちは三人だ。三人とも黒人で、その後病院内で顔を見かけたことはない。いや、こちらが気がつかないだけかもしれない。黒人の顔を見分けるのにはまだ慣れていない。
「ぼくが来てくれと電話で呼ばれ、駆けつけたとき、四人いました」
「何時頃でしょう?」
「五時過ぎでした。外来の診察が終わりかけたとき」
 舞子たちがバーバラの死体を発見したのは四時半頃だろう。とすれば、彼らは収容した死体をすぐさま屋上に運び上げたのだ。
「その場にいたのは全員黒人でしたか」
「三人は黒人。もうひとりはハンスです」
「ハンス?」
「そう。ハンス・ヴァイガントが白衣姿で黒人と一緒に遺体の傍に立っていた。ぼくの顔を見て、ハンスはもう駄目だというように首を振ったのです」
「ヴァイガントというのは、寛順《カンスン》の主治医でしょう」
「ええ、金髪で青い目をしたドイツ系ブラジル人」
 ツムラ医師はさらに記憶を呼び起こすように言葉を継ぐ。「ハンスは近くを通りかかったとき、ドスンと音がしたので来てみるとこの惨状だったと、ぼくに言った。そのせいで、ぼくも死体を調べることもないと思った」
 後悔の念がツムラ医師の顔に浮かぶ。
「自殺でないとすれば?」
「殺された──」
 押しつぶした声が返ってくる。「そうとしか考えられないでしょう。屋上から無理に突き落とされたか、その前に殺され、投げ落とされたか。いずれにしても、もっと死体を調べておくべきだった」
「殺されたとしたら、誰にですか」
 声が次第に小さくなる。落ちつけ、舞子は自分に言いきかす。
「病院に自由に出入りできる人間でしょう。屋上に彼女をおびき出せる人間です。しかし、バーバラが一体何をしたというのだろう」
 ツムラ医師はひとりごとのように言う。
 舞子は返事に窮し、コーヒーを少し口に含んだ。甘みと苦味が気つけ薬のように舌を刺激する。
「ぼくにできるのは、もう一度その現場に行き、屋上と死体の落下点を調べることでしょう。検屍をしなかったつぐないです。ハンスにも会って、その時の状況を詳しく訊いてみる。居合わせた三人の黒人が誰だったか判ればなおいい」
 ツムラ医師はようやく決心がついたように頷《うなず》く。
「いずれにしても舞子さんにはあまり関係のないことです。心配しないでいいです。せっかくお昼に誘ったのに、暗い話になってしまって、すみません」
 ツムラ医師を疑う必要はないのかもしれない。舞子はすべてを打ち明けたくなる衝動を、内心で思いとどまる。
 バーバラの死因に疑いをもち、動き出した人間が二人いる。クラウス・ハースとツムラ医師だ。二人とも危険な領域にはいっていく。
 いや、彼ら二人が表立った行動をとればとるほど、立場が危くなるのはむしろ自分たちなのだ。
 舞子は身震いを感じた。
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