クラウス・ハースは病室にはいるなり、その眺望に驚かされた。正面に見えるのは海と空だけであり、窓辺に寄って下を眺めると、海岸の砂浜と灯台がようやく視野にはいってくる。
病室は海側しか空いていない、しかも室料は陸側の五十パーセント割高と聞かされ、数秒迷ったが、諾の返事をした。入院日数は五日、それだけの短期入院で村のペンションに泊まる二ヵ月分の費用に相当した。それくらいの貯えはあったし、もう少し勤勉に働けば、すぐに取り戻せる額ではあった。
ベッドと小机、衣裳《いしよう》入れにシャワーのついた小部屋が廊下をはさんで両側にずらりと並ぶ。全部個室なのも病院の方針なのだろう。看護婦にはまだ二、三人しか接していないが、よく訓練されている印象を受けた。
消化器専門の主治医は四十代半ばだろう。説明するのを自分の仕事の重要部分だと考えているふしがあった。疑問点、不可解な点はありませんかと、話の途中で何度も訊《き》かれた。こちらは一度で理解してしまおうとは思っていないから、大した質問事項もない。自分の病気のことなど、いっぺんに分かろうとすること自体が無理なのだ。絵を描く腕だって、すべてを説明されたからといってすぐに描けるものでもない。頭での理解と、腕の動きや眼力などは別問題なのだ。病気も同じだろう。少しずつ身体で覚えていくしかない。
主治医の説明が終わると、今度は婦長がやってきて、どんな説明を主治医から受けたのかを訊き始める。主治医と看護婦の間で何の連絡もなされていないのかと、腹が立ったが、誤解にすぎなかった。
どれだけ患者が理解したかを第三者の目で確かめ、またそれを主治医にフィードバックさせる方法だったのだ。なるほど、いくら主治医が万言をつくして説明したところで、患者が分からなければ用を足したとは言えない。
「疑問があれば、いつでも主治医、看護婦に訊いて下さい。あなたの身体の持ち主はあなた自身、他の誰でもありません」
まだ三十代と思われる婦長はそう言って面接を終えた。
自分の身体は自分のもの──。分かりきった事実だが、自分の所有物でこれほど知らない物体もない。クラウスは窓際に立って思う。
例えば、家、土地、家具、日用雑貨に至るまで、自分の持ち物はほぼ知り尽くしている。絵の画材だってそうだ。どの絵筆を使って、どの絵の具を混ぜ合わせるか、長年の間に頭が覚えてしまっている。風景を描くときも、静物を題材にするときも、穴のあくほど見て、また見る。
その割には自分の身体は、見ているようで見ていなかった。せいぜい髭を剃《そ》るときと、薄くなった髪に櫛《くし》を入れるときぐらいだ。
医者にかかったのも、数えるくらいしかない。二十代の終わり、喧嘩《けんか》して殴られ、風船のように腫《は》れあがった顔で病院に行った。膨れ上がった瞼《まぶた》のせいで前は見えず、口も開かなかった。医師は頭全体のレントゲンを撮り、骨折はなし、腫れがひくまで喧嘩はせず、冷やすのが一番だと言い、薬の処方もしてくれなかった。
ブラジルに来た当初、下痢になって医者の処に駆けこんだことがある。水が悪かったのか、食い物にあたったのか、二日目になっても水のような便しか出ず、このまま死んでは浮かばれないと、思い切って受診した。薬をもらうと下痢はすぐとまり、三日間、点滴を打ちに通って元気になった。
そのあと、身を捩《よじ》るほどの腹痛があり、近くの医者で胆石だと言われた。手術を勧められているうちに痛みがひき、手術は立ち消えになった。
それ以来、医者の顔を見たことはない。ちょっとした風邪や腹痛くらいは、蜂蜜《はちみつ》入りの熱いコーヒー、あるいはココナツの汁を温めて飲んで治した。酒を飲んで正体不明になり、朝気がついたときは全身打撲とかすり傷だったこともある。そのときも病院へは行かず、氷で冷やした。
だから、この入院は久しぶりの定期点検みたいなものだ。初めて外来を受診したとき、肝臓が悪いと言われ、酒歴をこと細かく質問された。アルコールを飲み始めた年齢、飲まない日がなくなった年齢の他、朝酒、昼間酒はいつから始まったか、飲み出すとやめられなくなりはしないか、夜中に目を覚ましてまたアルコールを口にしないか。酔ってしたことを覚えていないこともありはしないか。よくもまあ、酒に関するこんな多様な質問があるものと感心しながら、正直に答えた。肝臓の悪さにも段階があります、と主治医は何か重大宣言をするような口調になった。初期から最終段階まであると言われて、最終段階とは何ですか、と訊き直した。肝臓|癌《がん》です、と主治医は答えた。
「私はそれでしょうか」
クラウスはどぎまぎして訊き返す。一瞬最悪の事態を頭のどこかで覚悟していた。
「もっと詳しい検査をしてみる必要があります」
主治医のその答えで検査入院を決めたのだ。渡りに船でもあった。村のペンションに泊まって、この病院の素性を探るには限度がある。いくら外来患者とはいえ、一日中、病院の内外をうろつくことはできない。
入院が五日間だとすれば、その間にある程度の探りを完了してしまわねばならない。検査のための入院だから一日中ベッドにへばりつく必要はなかろう。逆にあちこちの検査室に出かけて行かねばなるまい。その機会を利用すべきだ。
バーバラは兄のひとり娘だが、知っているのは十二、三歳までだ。もの静かで、ひとりで人形遊びや本を読んでいる姿が記憶に残っている。その後、大学まで進み、コンピューター会社に就職したとの知らせは兄から受けた。兄も鼻高々だった。その直後だ。兄の心筋|梗塞《こうそく》、兄嫁の直腸癌と不幸が続き、バーバラは一年半のうちに肉親を失ってしまった。兄の葬式にはドイツに帰ることができたが、兄嫁の葬式にはとうとう行けなかった。悔やみの手紙だけはバーバラに出した。しっかりした内容の返事がひと月あとに来た。いかにも気丈な彼女らしい手紙だった。
そして二年後、今度は突然、今、ブラジルに来ているとの電話がはいった。それがフォルテ・ビーチ病院への入院の知らせだったのだ。何か悪い病気でもあるのかと、暗い気持になって問いただした。もう病気などはたくさんだという思いがあった。
「病気ではありません。不妊の治療のためです。妊娠するために来ました」
電話の声は明るく答えた。そうか、もう結婚したのかと、そのときはほっとしたのを覚えている。これで地下の兄夫婦も喜ぶだろうと思った。
しかしその後会ったときの口ぶりから、結婚はしていないように感じた。こちらからも問いただしはしなかった。本人が口にしたくないものを無理に吐かせるのは、暴力以上に野蛮なことなのだ。そんな権利は誰ももってはいない。
バーバラは、月に一回はやってきただろうか。幸せそうだった。両親の死の悲しみもどうやら乗り越えられたのだなと思い、安心もした。サルヴァドールの旧市街地区ペルリーニョを案内したり、バザールの市場でちょっとした買物もした。ドイツの町並とは違って、どこか雑然としたペルリーニョのたたずまいは気に入ったようだった。路上のテーブルに坐《すわ》り、水色や黄色、あるいはピンク色に塗り分けられた建物の壁を見上げて、叔父《おじ》さんはこういう風土に刺激を感じているのですねと言った。暗くくすんだドイツの街にいたら、絵も暗くなってしまう、少なくともドイツにとどまっていたら今の叔父さんの絵は生まれていないはずだとも言われた。
彼女がアパートを訪問したとき、壁やキャンバスに掛かっていた絵を見たのだろう。改めて言われてみると、確かにドイツに戻って、市街地あるいは山里でスケッチブックを広げている自分の姿は思い描けない。室内にこもってイマジネーションだけで絵筆をふるう姿は、なおさら想像しがたい。どんよりとした陽の下ではキャンバスやスケッチブックに向かおうとする気にもならなくなる。
色彩の狂乱、荒々しい原色の風土、照りつける陽光が、自分の絵に養分を与えている。バーバラの指摘でその事実に眼が向けられたと言っていい。
それ以後だ。サルヴァドールの街が今まで以上に好きになり、描く気力も倍加した。何年かぶりでペルリーニョの建物と坂道をスケッチし始め、一方でデフォルメした半具象の油絵も描き出した。この土地でしか描けない絵だと分かると、思う存分奔放な色づかいをしたくなる。サルヴァドールに初めから住んでいる画家は、この土地の良さが逆につかめないはずだ。他国生まれだからこそ、ブラジルの陽光と風土を新鮮な目でとらえられる。
バーバラがうまく妊娠したことは、二回目か三回目に会ったときに告げられた。どういう治療でそうなったかは訊かなかったが、バーバラはいかにも嬉しげだった。
病院も気に入った様子で、出産までそこにいるつもりだと言った。バーバラもやはりこのブラジルの明るさに魅了された様子がみてとれた。恋人も呼び寄せて、ずっとここで生活したらどうかと言ったこともある。〈その必要はないの〉と彼女はうっとりした表情で答えた。
バーバラが沈んだ様子を見せたのは、腹の膨らみがかなり目立つようになってからだ。お腹の中の赤ん坊は順調に育っているかと訊くと、にっこり笑って頷《うなず》いてはくれた。
最後に会ったときは、また元気を取り戻していた。バーバラの気に入っているペルリーニョのカフェで半日話し込んだ。叔父さんはずっとひとりで寂しくないのかと、真顔で質問され、内心でたじろいだ。
全くひとりではないと、はぐらかして答えるしかなかった。好きなときに会って話せる女友達は何人かいるが、一緒に住むほどまではお互いに考えないだけなのだ。しかしそんな微妙な心情まで説明するのは面倒くさかった。すると、子供は欲しくないのかと、第二の質問がぶつけられた。
これに対しては、欲しくはないと率直に返答が出てきた。自分の子供など、考えてみただけで気味が悪い。
「それは、叔父さんが本当に女の人を好きになったことがないからです」
バーバラは驚いた顔をして言った。「本当に好きになったら、その人との子供を妊《みごも》って育ててみたい」
それは男と女の差ではないかと、反論はしてみた。そんなはずはないとバーバラは首を振った。
「愛する人と家庭をもって、そこで二人の間にできた子供を育てていく。もうこれは人間だけでなく、動物全体の本能だと思うのです」
バーバラは譲らずに主張する。
「動物としての本能が欠けているのかもしれない。それとも、愛する相手が出てきていないのか」
そんな風に答えるしかなかった。
「きっと後者です」
バーバラは言い、しばらく考えたあとでつけ加えた。「でも、ひょっとしたら叔父さんの子供って、アトリエで描き続ける絵かもしれない。きっとそう。そうなると、叔父さんが愛しているのはミューズの女神──」
彼女は明るい表情になり、コーラのストローに口をつけた。
反射的に頭に浮かんだのはミケランジェロだ。彼には子供はなかった。欲しいとも思わなかっただろう。彼が欲しかったのはミューズの神の手助けだけだ。
「ショパンだってそう。あの人はいろんな女性を好きになったけど、子供はいらなかった。その代わり曲を書いた。それで充分だった」
「少し寂しい気もするね」
バーバラに教えられた気持になって答えた。
「でもそういう人たちもいないと、この世の中は成り立ちません」
どこか慰めてくれるような口調だった。
兄夫婦はいい娘をこの世に残してくれた。その娘がドイツを離れ、こうやってサルヴァドールに来ているのは神の手の導きだろうと、バーバラの美しい顔を眺めながら思ったものだ。
その彼女が自ら死を選ぶなど考えられない。
一体、彼女に何が起こったのか。手がかりはただひとつ、最後に交わした電話の内容だ。昼飯を町でとって帰ってきたとたん、アトリエの電話が鳴った。受話器をとると、バーバラのほっとしたような声が聞こえた。
「よかった。三回目の電話で、これが駄目なら諦《あきら》めようと思っていたわ」
バーバラは部屋からでなく、外来の待合室の電話を使っているらしかった。「一度会って、叔父さんに伝えたいことがあるの」
電話ではいけないのかと訊《き》き直すと、バーバラはそうだと言う。
「だけど、これだけは伝えておかないと。叔父さん、もしわたしの身に何か起こったら、病院の言い分をそのまま信じては駄目」
五日後の日曜日に会う約束をして、そそくさと電話は切れた。そして約束の日に彼女は姿を見せず、彼女の女友達からの連絡で事故を知らされたのだ。
バーバラは何を直接訴えたかったのか。
入院手続きをする際、窓口の事務員にバーバラ・ハースの名をあげて、滞在していた病室と主治医の名前を訊いた。事務員はコンピューターの画面をしばらく見ていたが、そういう入院患者はいないと首を振った。現在はいないが、二週間前までは確かにいたはずだから調べてくれと、執拗《しつよう》に食い下がった。係の男は今度は書類を出し、頁を繰ったあと、病室は滞在棟のB124、主治医はドクター・ツムラだと言った。
その主治医にはまだ連絡をとっていない。いや、とるべきかどうか、決めかねているというのが本当のところだ。
クラウスは窓辺から身を離し、ベッドに横になる。昼食はとらないように言われている。午後からさっそく検査を始めるためだろう。検査と検査のあい間に病院内をもう一度歩き回ってみるつもりでいた。