もし彼女たちの感覚を更に発展させれば、二枚目文化は当然馬鹿にされるでしょう。二枚目文化とはおかしな言い方ですが、さきほどの分類にしたがって二枚目と二枚目半とを対立させますと、文化の中にも二枚目文化と二枚目半文化があるように思われる。更につけ加えるならば三枚目文化も考えられないことはありません。
それでは二枚目文化とはいかなるものでしょうか。面白いことには、明治以後、戦前の日本人はこの二枚目文化の影響をうけ、しかも無意識にそれを尊敬していたことです。二枚目文化は見かたによると近代日本文明の歪みをそのまま象徴しているように思われます。
二枚目文化の第一の性格はその特典が二枚目にしか与えられないという点です。こう言えば皆さんは「ははあ、昔のように王侯、貴族だけが味わうことができても一般庶民には手の届かぬ文化のことだろう」とお考えになるでしょう。フランスならばあのフランス革命前まで——つまり芸術も、豊かな生活も、上層階級だけに楽しめ、悲惨な生活と重税に苦しむ一般民衆には縁遠かった文化を連想されるでしょう。勿論それは二枚目文化の一つのあらわれであります。しかしまた現代日本のように高い豪奢《ごうしや》なビルディングが無数に建てられるが、一般の住宅は依然として貧しくみすぼらしいのも二枚目文化の特徴です。なぜならそれは少数のスターだけが美男子であり大多数の人間がそれに憧れるだけという関係をもっているからです。あるいはまた、亭主はねころんでヴァレリイの本を読み、女房は背に赤ん坊を背負って風呂をたいている日本の都会生活も、二枚目文化のあらわれと言わねばなりますまい。
都会だけが近代的で都会を一歩離れれば物質生活も生活感覚も前近代的であるという日本の現実はよく識者に指摘されることですが、その原因の一つは明治以後の日本人があまりに二枚目文化を尊敬しすぎたためだとぼくには思われます。文化そのものが本当に人間の心性や感覚や風土に根をおろさず、頭のテッペンで浮きあがってしまっているのは二枚目教養の大きな特徴である。しかも明治以後の近代日本人は案外この二枚目教養を無意識に尊敬してきたのです。
たとえば本屋に行ってごらんなさい。日本ほど外国文学の移り変りに敏感な国はないということはみなさんも御承知の通りです。戦争が終ってサルトルがフランスで人気があると聞けば、自称実存主義者が日本にもあらわれてくる。カミュの『異邦人《いほうじん》』が本国で読まれていると聞くと我々も争って読む。サガンという少女がでた。たちまち『悲しみよこんにちは』は二つの出版社から上梓される。新宿や渋谷のトリス・バアに行きますと、ジャン・ジュネだとかマルキ・ド・サドなどとしゃべっている学生に幾らでも出会うことができます。ぼくの友人でフランスに留学した男がいる。彼はむこうでパリ大学の文科学生たちよりもフランス現代文学の作家や作品についてよく知っていたそうです。「お前、何処で読んだ」「日本で読んだ。みんな翻訳がでている」そう説明しても誰も信じてくれはしない。プルーストやジイドならともかく、ピエール・ファーベルだのルック・エスタンだの、本国のフランス文学青年でさえほとんど知らない小作家の作品までが極東の国では翻訳されているとはどうしても彼等には納得がいかなかったそうです。「その時、ぼくはフランス学生の眼のなかにぼくにたいする一種の憐憫《れんびん》の情を読みとりました」と彼は哀しそうに手紙で書いてきました。
勿論、外国の芸術に敏感なこと、あまたの翻訳がでることはそれ自身では決して悪いことではない。しかしそれが朝、発行されて夕方には棄てられる新聞紙のように我々に無駄な疲労と根のない知識の集積だけをもたらすならばこれは考えなくてはならない。この問題は、この場合だけには限らず他の領域にもあらわれていると思う。ある雑誌で今日出海氏が「民主主義国として更生して十年になり、民主主義は形の上では一応、落ちついた観を呈しているが、その内容に到っては、これが根を据えるのかどうかと疑問に思うばかりに、浮いた形ばかりの民主主義で、単に衣更えをしたという感じがせぬではない」と書いていられるのもぼくの申し上げたことと同じ悩みだと思います。
二枚目文化、二枚目教養というのを思うとき、ぼくはなぜか昔の旧制一高の学生を思いだします。白線をつけマントを着た彼等の寮の壁にはいつも「真理とは何ぞや」「人間愛をもたぬ者よ去れ」などという深刻な文句が書きつけられていた。夜は夜で彼等はカントを読みゲーテを語り、読書と思索にふけっていたそうです。だがこれら似而非《えせ》なる哲人たちも大学を出て社会に入ると大部分はカントどころか、電車の中で週刊雑誌を読むのが精一杯。かつて夜を徹し人間愛について友と談じた男が戦争の指導者にもなりかねない。どこかに彼等の若かりし日の文化摂取や教養には一本、本質となるべきものが欠けていると思われるが間違いでしょうか。これがぼくのいう二枚目文化なのです。
こうした二枚目文化を批判するものに三枚目文化精神というものがあります。三枚目文化と言うとこれもおかしな言葉になりますが、三枚目、つまり道化の文化と言ってもよろしい。ある一時代の末期、衰退期、腐敗期になりますと、こうした道化的な文化やその役割を背負った人間が生れてくるものだ。彼等は自らをわざと愚人化し、おどけ、阿呆を装いながら、しかも苦しい自虐の精神と痛烈な諷刺《ふうし》の眼をもって二枚目文化のもたらす偽善、独善をえぐるのです。シェイクスピアの『リア王』を開いてごらんなさい。その中にこんな言葉があります。
今年は阿呆のはずれ年
賢い方が馬鹿になり
知恵の使いようも知らぬほど
身ぶり手ぶりが阿呆らしい
この言葉を一人の道化が述べるのですが、言うまでもなく彼は「知恵の使いようも知らぬ」二枚目連中の美男子ぶりを嘲笑しているのです。シェイクスピアの道化だけではない。先ほど一寸ふれたフランス革命のはじまる頃にはこうした道化や自虐家、つまり三枚目役が幾人も芸術家となって生れてきた。たとえば『危険な関係』を書いたラクロがそうです。それからサディズムの元祖、サド侯爵もその一人。彼等はわざと二枚目文化からみれば顔を赤らめる罪ぶかい小説を書いて自分を道化にしてみせたのであります。
だが二枚目文化を諷刺するこの三枚目文化の中にも同じような独善があります。三枚目文化人がひっくりかえされた二枚目文化人になる場合がある。彼等は孤独な寂しい道化役を演じていますが、心の底には「我一人」という自信と美男意識がひそんでいる。「俺はわざとこうした演技をしてみせるが……」という自己陶酔がかくされていないとは限りません。つまり彼等は社会から離れたアウトロウ(局外者)の位置で世をすねていると言えましょう。その心は悲壮で辛いでしょうが、時としてその演技は不毛になり、その孤独感は袋小路にぶつかる場合が多い。これが三枚目文化人の悲劇なのです。だが三枚目には皆がなれるとは限りません。三枚目は多くの場合、芸術家がその役割を背負ってきたのですが、皆が皆芸術家とは限らぬ以上、ここで別のあり方を考えねばならぬわけです。それがここで言う二枚目半の立場。勿論、ぼくの言う二枚目半の立場とは小林桂樹や大坂志郎を好む感覚から少し飛躍しすぎたかもしれません。しかも先程もお話したように現実をふまえない教養、独善的な一人よがり、美男子意識を捨てようとする傾向があの感覚のなかにはふくまれています。それを発展させるならば、ぼくらは明治以後、今日まで日本人がともすれば陥りがちであった、あの根のない文化や教養をこえることができるかもしれません。まず第一に二枚目半の文化は「みんなにも近寄れること、みんなもやれること」から始まります。一人の二枚目、一人の美男子に遠くから憧れる夢想ではなく、みんなが自分も二枚目半になろうという現実感から生れるわけです。現実感から生れるのですから、それは浮きあがった文化ではなく日本に根をおろす文化への志向とも言えるでしょう。
具体的にはどういうことかとお尋ねになるのですか。たとえば読書一つを例にとってみましょう。外国の文学を読む場合でも日本の現実を頭におきながら読む方法です。外国の文学の中には神だの罪の意識だの虚無だの、我々日本の伝統や風土からほど遠いものが一杯でてくる。二枚目文化や二枚目文化人はそうした縁遠いものもまるで心得ているようなふりをして読んだのである。「君、サルトルはいいねえ」。その一高生が今日は電車の中で週刊雑誌だけに眼を通すのも本当に教養のための教養読書だったからです。だが今日、そのクダラなさを知ったぼくらは外国の小説からワカらぬものはワカらぬ、縁遠いものは縁遠い、たえず日本の現実を頭におきながら読む。そしてなぜ縁遠いのかということを考える。これならば誰でもできます。正直だからです。
これが二枚目半の読書だというのです。つまり身についたところから文化を創りあげていきたいのです。そしてこの感覚は読書だけではなく、他の生活の上にもそれぞれ及ぼしていくべきでしょう。
第二は二枚目半の文化は一人の美男子のための文化ではなく、みんなが二枚目半になれるということです。先ほども申しあげたように、亭主がヴァレリイを寝ころんで読んでいるのに、女房は赤ん坊を背負って風呂をたく——これはとりすました二枚目的文化人の生活です。都心には立派な建物ができるのに一般の住宅はみすぼらしく貧しい。この背後にもやはり二枚目文化の感覚がある。少数の者だけが美男子を誇って多くの者がそれを憧れているからです。たとえタイロン・パワーのごとくなくとも、みんな大坂志郎であるように——それを願う二枚目半文化人は女房が風呂をたく時は水をくむでしょう。都心にはデッカいサンドイッチのような建物がたつ前に、みんなの住宅があと五十パーセントだけ良くなる文化を望むでしょう。