少しきわどい話をします。きわどいといっても猥《みだ》らな話ではないからご安心を乞《こ》う。
私の後輩で人妻と恋愛をした男がいます。その男から聞いたのですが、この人妻は、彼が最初出会った時は控えめで、慎み深く、そしてもの静かな夫人だったという。
後輩はプレイボーイでした。この夫人に出会って一目ぼれしてしまった。彼は恐らく難攻不落の相手と知りながら、自分の知っているあらゆるテクニックを使って、攻撃を開始しました。
思ったとおり、夫人は彼の誘いを頑強《がんきよう》に拒み続けたのです。
時には怒りの色を顔に表わして、もはや自分の目の前に現われないでくれといいました。にもかかわらず、後輩は押して押して押しまくった。
とうとう難攻不落と見えた壁の一角が崩れました。そして、ついにある日、彼は夫人を自分の腕に抱くことができたのです。
ところが彼が驚いたことには、あれほど控えめで、もの静かで、慎み深く見えたこの夫人が、一度恋のとりこになると、別人のように大胆になったことです。
「こういうことがありました」
と彼は私に話しました。
「ある日、彼女は事もあろうに自分の家にぼくを招待したんです。ご主人が出張でいないからというんですね。行ってみると、ぼくのほかに彼女の友達の女性も来ていました。そこは彼女の頭の良さで、たとえ主人が不意にもどってきても怪しまれぬように女友達も同時に招いたんでしょう。
みんなで食事を始めようとした時、思い掛けなく主人が帰ってきました。出張の仕事が早く済んだのだといっていました。妻のことはすべて信じきっているような、善良な顔をした亭主でした。
彼女は平然と微笑しながら、自分の女友達とぼくを夫に紹介しました。何も知らぬ夫はぼくたちとテーブルにつき一緒に食事に加わりました」
「ところが……」
ところが私の後輩が仰天したのは、テーブルの下で夫人が軽く自分の脚《あし》を彼の脚に絡ませてきたからである。しかも絡ませながら、テーブルの上では顔につつましげな微笑さえたたえて、夫の話にうなずいている。
テーブルの上では彼女はいかにも貞節な妻であり、テーブルの下では彼女は夫を裏切って、彼の恋人になっている。
「ぼくはつくづく、女って恐ろしいと思いました」
プレイボーイの彼はそういってため息をつきました。
「男なら、できるだろうか。そんな危ない真似を。自分の女房の前で」
と尋ねると首をかしげ、
「できませんね。とても、怖くって」
「なぜだろう」
「女房にすぐ分かります」
「夫に分からぬことが、女房になぜ分かるんだろう」
「女房も女である限り、敏感ですからね、男の方はそれに比べると、全く鈍感です。だから亭主には気付かぬことも、女房は気付くのでしょう」
「そうだな」
私はうなずきました。そして女は、こうした男の鈍感をよく知っているのだと思いました。それでなければ、この夫人も堂々と、そんな大胆な真似を食卓の下でしなかったでしょうから。
それにしても、こういうことができるのは、やっぱり女です。女って本当に怖いですね、という後輩の言葉はなるほどと思えます。
女は男よりモラルがあるとよくいわれますが、私はそう思いません。ひょっとすると女は男より、全く無道徳主義者なのかもしれぬ。ただ女が母となり主婦となると急に道徳を振り回しますが、あれは自衛方策だと考えています。