なるほど日本の男は、妻や恋人にたいして愛情の表現が満点とは言えない。外人の男に比べて専制君主な面があったり、サービス精神がいささか欠けていることも、率直に認めざるをえない。しかし、ムッツリ屋で無愛想な男が、心のつめたい人間とはかぎらず、時にはペラペラと口のうまい男より親切な魂の持主であるように、日本の亭主だって、ひそかに日本流の愛の表現方法を使っている場合があるのです。そして、あなたたち女性が、これを見ぬいてやらなければ、やはり彼等亭主族は可哀想だとも言えるのです。
ぼくの知り合いの娘さんが縁あって、ある建築技師と結婚いたしました。この娘さんは、どちらかと言えば西洋映画や西洋文学の大好きな近代的なお嬢さんだったのですが、結婚後ある日、ぼくの家に遊びにきて、「主人は、何かと言うとすぐ、こちらの女らしいロマンチックな気分をこわすようなことをしたり、言ったりするんです……」と嘆いていました。
ロマンチックな気分をこわすようなこととは何なのか、ぼくもさっぱり合点がいかないので、根ほり葉ほりたずねてみますと……、
たとえば、彼女が御主人と久しぶりで一緒に夜の外出をした時、星がキレイで路も月光に白く、なにか二人の愛が昂揚したような気分になっているのに、そんな時、ブウッと音をたててオナラをするのだそうであります。あるいはまた、彼女が、「ね、あたしのこと、好き?」そうたずねると、横をむいて、「バッケヤロオ。好きなんて馬鹿らしくて言えるかい」そう返事するのだそうです。
ぼくはその話を聞いた時、半分おかしいのを我慢しながら、しかし、彼女の御主人の心もわかるような気がしました。
「で、あなたは御主人のそんな動作や言葉からみて、彼が鈍感な人だと思いますか」
と、ぼくは彼女にきいてみました。と、彼女は、
「鈍感とは思いませんが、もう少しやり方、言い方があるような気がしますわ」
「じゃ」と、ぼくは答えました。「御主人がバッケヤロと言ったら、それは愛シテオルヨという言葉だと、今後お思いください」
つまり、この御主人は大変照れくさがりやだというのが、ぼくの観察でした。二人が外出した帰り、星がキレイで路も月の光に白く赫《かがや》いていて、横によりそう妻の気持がセンチになっていることもよく知っているのです。知っていればこそ、それに応ずるのが照れくさく、気恥ずかしく、気恥ずかしい故に照れかくしにブウッとオナラなどをしてみせるのである。また、妻から「あたしのこと好き?」とたずねられて、「バッケヤロ」と答えるのは、決して彼女が嫌いだからではない。ただ「好き?」などと改って訊ねられると、恥ずかしく照れくさいから、バッケヤロと怒鳴るのである。ブウッというオナラの音もバッケヤロも、言うなれば、彼の妻にたいする愛情と親愛感の逆表現だったのであります。
勿論この御主人の場合は、極端すぎる例だと言えないことはありません。いくら照れくさいからといって、「バッケヤロ」は少し、極端な行きすぎの表現です。けれども、彼の心情は、日本の亭主族であるかぎり、ある意味では[#「ある意味では」に傍点]理解でき、共感できるものなのです。あなたの御主人も、あなたがこの話をしてさしあげるならば、苦笑しながら彼の心理を半ば肯定なさるにちがいありません。