可哀想な彼には、理解できなかったようですが、ぼくには、このA子さんの急激な心理のうごきも、どうやらわかるのです。つまり、A子さんはB子さんにヤキモチをやいていたのですが、彼女は、そのヤキモチを女性特有の表現で言いあらわしたのです。その女性特有のヤキモチ表現とは、「相手をほめる」というやりかたです。女性が嫉妬している相手についてしゃべる時は、むしろ「ケナす」より「ホメる」という逆手を使うことを、ぼくの友人は迂《う》かつにも知らなかったのでした。
今でこそ、こんなことを知ったふうにも言えるのですが、実はぼくも、この女性の複雑なワケのわからん表現の方法に気がつくまでは、この友人と同様、随分、失敗したものである。ガール・フレンドが別の女友達のことを「キレイな方ね」と言うから、こちらも「ああ、キレイな方ですねえ」そううなずいたため、とんでもない失敗を幾度くりかえしたことか。
これは、ぼくだけではない。多くの男性が同じようににがい経験をしていることなのです。
だから今は、心もすっかりヒネくれてしまって、知りあいの女性が別の人をほめる時は、心の中で、警戒、警戒と叫びつつ、
「そうですかなあ。しかし……」
と、まず曖昧に否定してみるようになってしまいました。ここでもし、相手の女性が、
「そんなことないわよ。あの人、本当にキレイよ」
とあくまで主張するならば、安心して問題の人をほめることができるのです。しかし、たいていの場合、こちらが、
「そうかなあ、キレイかなあ」と首をひねるまねをすると、
「そうね。あの方のキレイさは作りものですものね。なんでも彼女、整形手術で顔をなおしたんですって……」
と、実に嬉しそうな顔をして、彼女は呟くのであります。
嫉妬の対象をけなすかわりに、まずほめる。この高級な戦法は、女性特有なものであります。ところが、単純で子供っぽい男は、とてもこういう高級な戦法は思いつかない。彼等の嫉妬心のあらわしかたはもっと端的であり、直接的です。
よく酒場などで見かける風景ですが、
「チェッ、田中か。ヤな奴じゃないか」
むきだしで、ライバルの悪口を惚れている女給さんに述べている男がいるものです。
「あいつなんか、本当にイヤな奴だよ。あんな奴のこと好きになるなよ」
「おや、どうして」
そんな時、女性のほうは上手ですから、わざとトボけてみせたり、
「あら、そんなことないわ。田中さんだって、あれでなかなかイイとこあるのよ」
と、わざと彼の嫉妬心をあおるようなことを言う。ところが、この手にコロリと男はひっかかるもので、
「どうしてって言われたって、イヤな奴だから仕方ないさ。チェッ。少しぐらい英語知ってるのが自慢で、英語の歌うたったりさ。キザだぜ。それにあいつ、女の子のはくような猿股はいてやがるんだ。そんな奴のことを好きになるなよ」
相手の猿股の悪口まで口に出して言うのであるから、子供っぽいといえばまことに子供っぽく、その表現の手口もいたって単純なもので、女性のようにナックル・ボールをほうる、大人のやりかたではないようです。