一番いい夫婦喧嘩は爽快に肉弾相うつことである。そしてお互いのモヤモヤをそれによって発散し、あとは恨みっこなしのプレーンソーダを飲んだような気持になることだ。
だから私は自分が仲人をした若い夫婦に夫婦喧嘩を大いにすすめている。男のほうには、そっと言っておく。
「女房という奴は、初手にバアーンと張りとばしておくことが大切だぞ」
また一方、彼と結婚するお嬢さんには、
「なに、女だからといって泣いていてはいかん。ますます、男をつけあがらせる。ムシャブリついてかみついてやりなさい」
ひそかにそう奨めるのだ。
そんなわけで自慢じゃないが、私の仲人をした若夫婦たちは、いずれも華々しい夫婦喧嘩をする。そのくせ、結構、兄妹のように仲がいい。
ことしの夏など、この若夫婦たちの一組が私の山小屋にやってきたが、駅まで迎えにいくと、亭主のほうは鼻の上にバンソウコウをはり、女房は暑いのに腕に包帯をまいている。
「やったね」
と私が嬉しそうに言うと、
「へえ」
なんでも夜おそく彼が帰宅して玄関をあけたとき、待ち伏せしていた彼女がおどりかかって、顔を引っ掻いたという。
「ぼくは眼鏡がとび、一瞬、眼が見えなくなりました」
「それで」
「それから玄関でとっ組みあいをやりました」
「うむ。よろしい」
近ごろの若い夫婦は、女が威張り、男がヘイヘイしているという話を聞くが、必ずしもそうではないのである。