考えてみると、ぼくはむかし——むかしと言っても、三年前のことですが、同じ年齢ぐらいの友人たちが奥さんのことをひどく気にかける心理がさっぱりわかりませんでした。
「君ねえ、すまんけれど、ぼくの代りに家に電話をかけてくれんだろうか。君がぼくをムリヤリ飲みに誘ったと、そう言ってくれればいいんだけど……」
こういう頼みをいわゆる第三の新人といわれている仲間の作家からたのまれるたび、ぼくはいつも不思議な気持がして、しかし素直に承諾してやるのでした。
「アア、もしもし、奥さんですか。実あ、ぼくお宅の御主人、今夜、無理矢理に誘ったんです。えっ、ぼくが……ぼくです。みんな悪いのはぼくです」
こうして一生懸命、一人一人の奥さんに電話をかけている間、友人たちは、じいっと眼をすえ、杯をにぎりしめてぼくの受け答えに耳を傾けているのです。仲間の間では勇猛をもって鳴る近藤啓太郎サンさえも、まるで十日間便秘で苦しんだ男のように眼をつりあげて物一つ言いません。
「大丈夫だったよ。承諾してくれたよ」
受話器をおろしてそう言うと彼らの顔はまるで四月の花のようにパッとほころびるのです。
「どうして君たちはそんなに奥さんがこわいのですか」当時、新婚早々のぼくは首をかしげていつも訊ねるのでした。
「ぼくなんか、いっこも怖しくあらへんで……」
「今にわかる……今にわかる」
「今もあともないじゃありませんか」
「今にわかる……今にわかる……」
呪文のように彼らは、新婚早々のお前にはわからん、女房のこわさは今にわかる、今にわかるとかなしげに呟くだけである。だがぼくにはさっぱりわからなかった。