親爺は今から十五年ほど前に結婚したのだそうです。彼はいろいろ考えた。考えた揚句、こういう作戦をたてた。
毎夜、彼は仕事のあと、一杯のみに外に出かけて家に戻ると、自分が酒場やキャフェの女給にいかにもてたかと女房に話してきかせたのである。デタラメ、駄ぼら、何でも並べたててモテて、モテてかなわんと言いつづける。はじめのころ、女房は眼を三角にしてリン気を起した。
「ですがね。ある日、俺は友だちのデデにたのんで女房のスジイに、こう、そっと言ってもらいましたよ」
悪友のデデは彼に言われた通り、スジイの所にやってきて、親爺の作戦どおり、何気なくこういう言葉を洩らした。
「あんたの亭主はね、どこの酒場やキャフェにいっても、さっぱり女の子にもてん男だよ」
その夜から、親爺が相変らず女の子にモテてモテてと吹いても、彼の女房はフフンのフン、見むきもしない。やきもちをやく代りに、このどこに行ってもモテぬ亭主のホラを馬鹿にしたような顔できいている。(いい気なもんだよ、外じゃ女の子にモテぬから、あたしにはこんなホラをふいているのさ)彼女の顔には亭主を軽蔑する色がありありと浮かびはじめました。
「さあ、それからは勝負はこっちのものでさ」親爺はますます得意気に杯をのみほして「あっしは、どこかの女と浮気をしたあとね、女房に浮気してきたぜと言うんですがね、女房が信じねえんだから」
「なるほど」
「あっしが女にはモテねえから、また、例のウソとホラをついていると思ってまっさ。こちらにはシメたもんだよ」
「でも真相がバレたらどうするんです」
「言ってやりますよ。俺はお前に何もかくさなかったってさ。あの時話したじゃないかって、そのこちらの話をバカにして信用しなかったのは、お前のせいで、俺は正直正兵衛だったとね」
柳生流の極意、身をきらして骨を切る法と、佐々木巌流のツバメ返しの男だとホトホト感心しました。
今日もこれをかいている部屋の下で、
「ルイ……ルイ、またテレビを見ている」内儀のがなりたてる声がきこえます。そんな時、親爺はぼくが居あわせると、片眼をつぶって合図するのです。
「ね、女房とはロバのように馬鹿で単純なものでさ」
彼はなにも知らぬ彼の妻を横眼でみながら、ニヤッと笑っているわけです。