十一月、十二月になると、パリではいわゆる芸術の季節ですから、ぼくも夜には芝居や音楽会に出かけはじめました。日比谷の音楽堂などとちがって、こちらの小屋は、三階、四階まで座席が並べられ、その高い座席から下をみおろすと、夫婦づれの客が俄然多い。もちろん中年の男と女とが、一緒に坐っているからと言って、必ずしも夫婦とは断定できぬでしょうが、つれそう男の女に対する態度をみていると、なかなか一興があります。
豪奢なオーバを着た妻が席に坐るや、そのオーバをぬぐ手伝いをするのも夫、プログラムを買ってきてやるのも夫、休憩時間になると廊下で妻が煙草を口にするや否や、ライターの火をあわててつけてやるのも夫。まるでおしきせを着させられた従者の観がある。滑稽なのは、彼らの間にチラホラとみえる日本人らしい人の夫婦づれだ。いずれ日本大使館勤めの外交官、パリ駐在の商社の社員の人々でしょうが、周りの外人男性がキッキュウジョとして、細君の世話をしている中で、自分だけが日本的亭主の態度をとっているわけにはいかない。黄色い非文化人、野蛮人と思われるのが怖ろしさに、彼らもまた女房のオーバを着せてやったり、プログラムを買いに走りまわっている。だが長年、身につかぬことを急にやったところで、夫婦とも照れくさいのは当り前でしょう。彼らの顔にはどことなく当惑したような、困ったような表情がありありと浮かんでいます。