どうもフランス人の講釈というのは、哲学的辞句が多く、頭のあまり良くないぼくにはつかみにくいのですが、この老人のいうのは、女は男と同じように不潔な動物だということと思えました。
「つまり……女も男と同じように……センセ……食欲もあれば睡眠欲もあるということでしょうか」
「ノン」先生は大袈裟な身ぶりで首をふりました。「ムッシュー、女は男より不潔な存在だということです」
ルリイ老人は、引出しからタイプのうったパンフレットをとりだしました。
「読みなさい」
「へえ」
「声をあげて読みなさい」
紙の表紙にはロラ博士「一室における三人の若い女性についての実験研究」という変な題目が、かいてありました。ぼくは声をあげて読み始めました。読んでいるうちに、このパンフレットは、ロラ博士という学者が三人の若い女性を一室において自由に談話せしめたる後、一時間後に、彼女たちが退出したこの部屋の空気を、実験室において分析した研究発表だとわかってきました。
「声をあげて」先生は指をポキンとならしました。
「声をあげて読みなさい」
「我々ノ分析ノ結果三人ノ若キ女性タチノ談笑セル部屋ノ空気ノ中ヨリ、最モ多量ニ検出サレタルハメタンガス[#「メタンガス」に傍線]ニシテ、コレハ我々研究者ニトリテ貴重ナル発見ナリキ。スナワチ、彼女タチハ談笑中、ヒソカニ、各※[#二の字点、unicode303b]ガ無音ノメタンガス[#「メタンガス」に傍線]ヲ放出セルモノト推測サル」
「よろしい」先生は肯きました。
「まことにムッシューに申しにくいのであるが、このメタンガスは何であるかムッシューはおわかりか」
「いえ、わかりませんわ」
「フランス語ではペという。日本語では何と言いますかな」
「屁です」
「ペとへか。国は遠く隔れども生理的な言葉では、発音にあまり違いはないようだな。すなわちムッシューもおわかりであろう。三人の若い女を一時間、一部屋におくとすぐこのザマである。彼女たちは美しい化粧をし、あでやかにふるまいながら、他人にわからなければ、音のしないようにペを発散して平気なのである。これが女性というもの……おわかりか」