どこか遠くで、またアパートの女中が流行歌を歌っていました。窓ぎわには、二、三羽の鳩が体をすりよせてコロコロと鳴いている。ああ、自分は今や巴里に来ているのだとしみじみ感じました。封建的な日本の友人諸君からならともかく、フェミニズム(女性崇拝)の都で鳴る巴里にきてまで、女に対するかくも侮蔑的な言辞をきくとは思ってなかった。長い間、胸の底にかき起し、かき起してきた女性敬愛の情を無残にふみにじられた心持で、ぼくは少し、ションボリとしたことをお伝えせねばなりません。
「悲しいかの。ムッシュー」老人はぼくの肩に手をかけながら呟きました。「悲しいであろう。だがわれわれ男性は、今こそ真実を真実として見ねばならん。三文文士や感傷詩人がデタラメに美化してきたあの女房たちが、真実は愚鈍、ケチ、偽善、ヒステリーの動物であることをハッキリ認識せにゃいかんよ」
「ハイ」しかしぼくの声は悲しみのために小さく震えていました。「でも先生、それならばわれわれはどうすればいいのでしょうか」
「そこでじゃて」
ルリイ先生は指をポキンとならして椅子からたちあがりました。
「不幸にしてこの世には二つの性、男性と女性しかない。イヤでも応でもわれわれ憐れな男性は女性と結婚せねばならんのです。そして結婚してはじめて、女房とは何であるかを知る。知った時はもう遅い」
「ハイ」
「無数の亭主が女房の強情に悩まされとる。女房というものは自分を反省する能力がまずない。女は何でも自分を正当化する論理をもっている。自分の落度のため亭主がテンカンになっても、悪いのは夫の体力で自分のせいではないと考える。悪いのはいつも夫で正しいのはいつも女房だと信じとる。これが女房の論理じゃ」
「アア、思い当る。思い当る」