「無数の亭主が女房の独裁欲望に悩まされとる。新婚二、三ヵ月は慎しげによそおっておる。だが、少しずつ、奴ら女房は家庭における自分の権力を拡張していくのじゃ。目だたず、ひそかに、ズデンと大きな尻をおろしてな。子供まで自分の味方に引きこみよる。憐れな亭主がわれとわが身に気づいた時は、彼の場所はもう家庭にはほんの少ししかない」
「アア、思い当る。思い当る」
「そのくせ無数の亭主がそのために家庭の重くるしさを一瞬まぎらわすため、酒場にでもいけばナ……女房たちはキャアキョン非難するのじゃ。自分らは酒場の女性ほど容色、化粧で男性を悦ばせようとする努力を怠っとるくせに、非難の言辞だけはいかにも道徳的でな」
「アア、思い当る。思い当る」
「それに社会がわるいよ。ムッシュー。日本はどうか知りませんがな。フランスでは進歩的文化人という奴らが自分の細君怖さのためか、雑誌や新聞でこうした女房族をいかにも男性の犠牲者のように言いふらすのでな。女房たちがまるで世の道徳の代表者のようにつけあがります」
「アア、アア」
「思い当るかな。日本の文化人も同じようかな」
「はい。日本でも婦人雑誌の大部分は、女房犠牲者、亭主悪漢の思想で編集しています」
「だが安心しなさい。こうした箸にも棒にもかからん女房をどう捌くか——これを教えるのがわしの仕事です」
ルリイ先生は、それからしばらく黙って、パイプに煙草をつめていました。
「さあ、紙と鉛筆をだして」パイプをふかし終ると老人は微笑しながら言いました。「眼をつぶって、よく考えて、ムッシューが男性の一人として世の女房にかくあれかしと願う希望条件をかきなさい」
ぼくは眼をつぶりました。そしてしばらくの間考えた後、次のような希望条件を書いたわけです。
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(1) 女房の論理をヒックリかえす方法
(2) 女房的強情を突き破る方法
(3) 家庭において亭主の権力を守る方法
(4) 彼女らの嫉妬心、ヒステリーを防御する方法
(5) 浮気をうまくやる方法
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「簡単なことよ」
ぼくの願いを読み終ったルリイ先生は、嬉しそうに肯きながら、
「コロンブスの卵と同じこと。わしの話をきけば何だと思うようなものだが実行してみなさい。明日からと言わず、今日からムッシューはすべての亭主の苦悩から解放されるじゃろうね」
「そう簡単にいくでしょうか」
ルリイ老人がその日、教えてくれた方法というのは、たしかにぼくの場合、きき目があったようです。読者諸氏も早速、実践していただきたい。その方法とは——残念ですが紙数がつきたようです。