近ごろの子供はテレビに夢中ですわね。それはいいんでございますが、悪い言葉やCMのくだらない歌までいっしょにおぼえるんでございましょ。本当に困りますわよ。あれはどうにか、ならないんでしょうか。
PTAの会で、あるいは隣り近所の細君連との茶飲み話で、君が必ずもちだし、もちだされる話題の一つに「テレビの子供に及ぼす悪影響」というやつがある。
なるほどごもっとも。子供をよく育てようと思う母親の心配、無理からぬものがあり、夫としても大いに議論していただきたい。
さりながらだ。夫たる男は同時に「テレビの女房に及ぼす悪影響」についても、PTAなどで考えてもらいたいと思うなあ。
テレビのどの番組が君に悪い影響を与えるのか。奥さま映画劇場、ノー。よろめきドラマ、ノー。ああいうものは毒にも薬にもならない番組である。毒になるのは、ほれ、いま、君が見ているアメリカで作られたホーム・ドラマやパパものなのであるよ。
健全なこの番組のどこが悪いんですの、あなたって根性まがりねえ。婚約時代からそうだったわ。白を黒といい、黒を白といわなければ気がすまない性格《たち》なんですからね。
ハッハッハ、まあ、そうムキになるな、女って奴は何でもすぐ、まともに取るからいかんよ。人生や会話、なにもストレイト・ボールばかり投げるんじゃなくて、ナックル・ボールを使うときがあったっていいじゃないか。女ってやつはここのところがわからんから、われわれ男性は困るんだよ。
わからなくて悪うございましたわね。どうせ、あたしはバカですわよ。それならそんなバカをお嫁にもらわなければいいじゃありませんか。出ていけとおっしゃれば、すぐ出ていきますわよ。
ほー。出ていけといえば、すぐ出ていってくれますか。(小声で)それはありがたい。
出ていけっていったって、だれが出ていくもんですか。いつまでも、ここにいるわよ。第一、ここはあなただけではなくあたしの家なんですからね。
そうでしょう。そうでしょう。それなら少し冷静に夫の言い分も聞いてください。ぼくがアメリカで作られたテレビのホーム・ドラマやパパものが、世間の細君たちに「悪影響を与える」というのは、あれが君たち女房によくない夢を与えるからです。
よくない夢ですって。冗談でしょう。健全な家庭の夢だわ。あそこには理想的なパパ、理想的な夫の姿があるわ。よく働き、妻にはやさしく、家庭にも細かい心づかいとサービスをする夫の姿があるわ。あなたもせめてああいう夫、ああいうパパになっていただきたいと、わたし、いつも思っているんですよ。
それ、それ。そこによくない夢の典型がある。一体、君は夫というものがアメリカ人の男のように会社から戻っても妻や子供に気をつかい、日曜日には家族に奉仕これつとめるのが理想的だと思っているのか。
少なくとも、あなたよりはね。会社から帰れば不機嫌な表情をしてムッツリ食事をし、テレビで野球の中継を見ながら、うたたねをする夫よりはね。日曜日には家族をどこにもつれて行ってくださらず、一日中、ゴロゴロ寝ている夫よりはね。
なるほど、しかし、君はそこで大きな現実の認識不足をやっているようだ。アメリカの亭主と日本の亭主の肉体的条件と生活環境のちがいを全然、考慮にいれておらん。アメリカの亭主と日本の亭主とは一日の疲労度がどのくらい異なるかということを、ほとんど考えていないようだ。
アメリカの亭主は、朝飯がすむと、車で勤め先に通う。ぼくたち日本人は、行きも帰りもラッシュアワーの電車でもみくちゃになる。向こうは妻にニコニコできようし、ぼくたちはグッタリとなるのも無理ないというわけだ。グッタリとなれば物も言いたくなくなる。それに向こうさんは毎日、ミルクを五本分にビフテキを食って生活している肉体だ。昼弁当はザルソバかラーメンですますわれわれとエネルギイの保有力が全くちがうのだ。
週五日制で土曜は休みだし、日曜日、彼等が自動車で家族をつれていくのはそう疲労するサービスではないが、おれたちには、それは病人に百メートル競走をやれというようなものなんだよ。ウソだと思ったら日曜日の夕方、電車に子供たちをつれて乗っている亭主族の顔を見るといい。日なたの朝顔のようにグッタリしているじゃないか。そりゃ、たまの休日に一日中ゴロゴロ寝ている夫は君たちの目から見るとだらしないさ。しかし、ゴロゴロ寝なければ翌週、激しい競争のなかにとびこめぬ日本の男性の疲労度に思いやりがあってもいいと思うんだ。
それぐらいわかってるわよ。(だんだん声が小さくなり)わかっているから、日曜日なんか寝かしておくじゃないの。
寝かしておいてはくれるさ、寝かしておいてはくれるが、しかし、積極的に寝かしてくれはしないね。イヤイヤながら寝かしてくれているようだぞ。
そうかもしれないけど、結果においては同じじゃありませんか。
イヤ、ちがう。積極的に寝かしてくれるのと、イヤイヤ寝かしてくれるのは一見、ちょっとした差みたいであるけど、夫の気持としては大きな違いがあるんだ。君は日曜日、イヤイヤ亭主のゴロ寝を許す。しかし心の中では不満なんだ。君は夫がアメリカの夫のように自分と子供に日曜日、大サービスをしてほしいと心のどこかで願っているわけだ。
つまり君は日本人の夫が一週間の間、モミクチャの電車、ザルソバの昼飯という悪条件に耐えながら懸命に働いているという事実を考えようともしてない証拠なんだ。日曜日のゴロ寝に不平を抱く妻は、亭主を理解する努力に欠けた細君だといっていい。本当に亭主を理解しているやさしい細君なら、たまの日曜日ですもの、一日中、ゆっくり横になっていてくださいな。なにもしてくださらなくていいのよ。一週間、働いてくださったんですものね、とこういう態度にでるだろう。
すると亭主のほうも、その優しさにうれしくなって、いいさ、君たちをつれてひとつウマイものでも食いにいこうよという気が起きるもんだ。ゴロ寝ばかりして、掃除のじゃまになりますから、どこかに行ってくださいという態度をとられちゃあ、意地でもふとんにしがみつきたくなるよ。要するに、男なんて子供みたいなんだから、相手の出かた次第でどうにもなるのさ。それを操縦できないなんて、ずいぶん才覚がないと思うがなあ。