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ぐうたら愛情学106

时间: 2020-10-10    进入日语论坛
核心提示:犬も三日飼えば情が移る、女房も どんな夫婦がいちばん理想的な夫婦か知らんぞ。世の中には聖人君子のような男があっていつもニ
(单词翻译:双击或拖选)
 犬も三日飼えば情が移る、女房も……
 
 どんな夫婦がいちばん理想的な夫婦か知らんぞ。世の中には聖人君子のような男があっていつもニコニコ、酒を飲まず、タバコもすわず、夜遊びはせず——こんな男の細君がまた山内一豊の妻のようによくできたご婦人で、リンキも起こさず、着物もほしがらず、夫婦ともに人格者——そういうのを理想的というのなら、おれは断じて、
「ノ—!」
 と叫ぶぞ。ノー、ノー、ノー。
 少なくとも彼らは理想的な人間たちかもしれないが、理想的な夫婦ではない。彼らは理想的な人間たちであっても、魅力のある人間ではない。
 理由は簡単だ。酒も飲まず、タバコもすわず、夜遊びもせず、女房とけんか一つせぬ男と君は結婚したいと思うか。エジソンや二宮尊徳は、おれより人格数等上の男かもしれぬが、男性としては魅力欠乏の御|仁《じん》だ。
 おれは酒を飲む。タバコも喫う、夜だって遅くはなるさ。君とけんかはするさ。
 君だって、愚痴は言う。リンキは起こす。口あけて鼻からチョウチン出して夏の日、縁側で昼寝はする。口答えは平気。飯だけ三人前食べる。
 しかし、おれたち夫婦はかくのごとく、欠点だらけであればこそ、人間的だ。二宮尊徳先生ご夫婦より人間的だ。孔子様夫婦より人間的だ。君はそう思わないか。
 思わない? バッケヤロ。だから女ってだめなんだなあ。おれイヤになっちゃったよ。もう一杯、酒を飲んでこの憂《う》さを晴らすか。
 夫婦なんてなあ、けんかはする、相手をコノ野郎と思う。しようのない男だと考える。あの人はあたしがいなくちゃだめなんだわ。なんで、こんな男を一生の伴侶《はんりよ》として選んだんだろう。でもあたし以外の女じゃあ、この人の世話はできないんだろうな、窓の夕焼けを見ながらそう妻が考えているとき、夫は夫で、犬も三日飼えば情が移るが、おれはこの女房でまあしかたないとあきらめる。そんな毎日毎日が続くから夫婦といえるんじゃないだろうか。
 そうして十年たって。
 そうして二十年たって……。
 おれたちは老人になる。老人夫婦になる、悪くないじゃないか。
 おれなあ、映画なんかで、外国の街の公園で老人夫婦が日なたぼっこを二人でしながら、じっとベンチに坐っている——あんな場面を見ると、妙に涙がポロポロって出てくることがあるんだ。
 なぜか、おれにもわからない。おそらくね、きっと、この老人夫婦の心境をこう考えるからかもしれないな。
 おじいさんも若いころ、よく浮気をしましたねえ。
 ばあさん、あんたもそのたびごとにヤキモチやいたもんだ。
 二人は本当にそのたびごとに口ゲンカばっかり。それからおじいさんが痔で入院したこともありましたよ。
 ばあさんが胃病で寝たことも、借金して入院費払ったのも覚えているよ。
 いろいろなことがありましたねえ。
 全く、いろいろなことがあったよ。
 じいさん、ばあさん、お互い口にこそ出して言わぬが、心の中でしみじみ、長かった夫婦の歴史をかみしめながら、秋の午後、公園の日だまり、ベンチに坐ってござる。これが夫婦だ。彼らは孔子夫婦でも、二宮尊徳夫婦でもないから、若いころはイガミ合い、けんか、さまざまあったが、四十年、人間らしくつきあってきた夫婦だ。
 こういう夫婦を理想的な夫婦といわぬなら何をさして夫婦というか。
 こんな老夫婦っていいなあ。おばあさんが先に死んでしまった。するとおじいさんは急にガックリとした感じになって、縁側にしゃがんだまま一日中、じっと庭木を見ている。時々ブツブツ、ばあさまの悪口をつぶやき、それからお経をあげている。
 かくすること三ヵ月、ある朝、家族がこのおじいさんを起こしにいきましたところ、彼はもう、だれにも知られぬうちに息を引きとっていた。みんな顔を見合わせて言った。
「おじいちゃんは、おばあちゃんのあとを追うようにして行っちゃったのねえ」
 こういう夫婦はいい。ばあさまが死んでしまうと、あれほど若かりしころは、スッタモンダのあったじいさまに急に生きがいもなくなり、体も心も衰え、自分に残されたただ一つの仕事はばあさまの所に行くこと——それだけしかなくなったような老夫婦。うらやましいとは思わんかね。
 思わない。なぜ?
 何? あなたは、あたしが先だったら、鉢巻きしめて大喜び、アラ、エッ、サッサと浮かれ歩いて後妻をもらうような男ですからか。とても信じられないって、バカな、おまえこそ、おれが先に死ねば、おれにかけた生命保険でヌクヌクと暮らすんじゃないか。
 まあ、けんかはよそう。要はおれの言いたいことはだ、次の歌につきる。
 
  老爺 飲酒シテ 酔死スレバ
  老婆 驚愕シテ 死亡スル
 
 有名な中国の詩人、王維の詩です。教養のないおまえにはわからんだろうが、まことに品格のある詩とは思わないか。夫婦らしい夫婦を歌った詩とは思わないか。じいさまが死んだあと、それを追ってばあさまも死んでいった。オシドリのような夫婦愛じゃないか。
 人をバカにしないでちょうだい。何が王維の詩ですのよ。そんな歌、近所の小学生がよく歌っているわよ。じいさん、酒のんで酔っぱらって死んじゃった。ばあさん、それ見て、びっくりして死んじゃった。あれじゃないの。
 へ、へ、へ、ばれたか。しかしねえ、こんな俗謡にも、おれには孔子夫婦よりも、もっと人間的夫婦があるような気がするのだが、どう思うかね。もう一本、酒をもってきてくれよ。
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