それは、三月二十六日の朝のことであった。その日の夕方便でベトナムに発たねばならぬ状況にあった女王様は、数日前からほとんど寝ずに仕事と格闘していたのであるが、午前八時くらいに突然、下腹部がズンズンと痛み始めたのである。
「ちくしょう、生理痛だ」
トイレにて出血を確認した女王様は舌打ちをした。薄々恐れてはいたのだが、旅行の朝に生理になるなんて運が悪い。そのうえ、この痛み……締め切りはあと二本残っており、横になって休んでいる余裕はない。仕方ないから痛み止めの錠剤を飲み、己が不運を呪いつつ、パソコンに向かっていたのだが、
「うう……むむうっ……」
痛みは治まるどころか、ますます激しさを増し、ついには原稿など書いてられないほど逼迫《ひつぱく》した状況になってしまったのであった。
「い、痛い……なんじゃ、こりゃ……うぐぐぐっ!」
下腹を押さえながら、トイレに這って行く。下痢と嘔吐が押し寄せる。しかし、出すものを出しても、腹の痛みはつのるばかり。トイレから寝室に這って行き、寝ている夫の隣に横たわってみたが、じっとしていられないほどの激痛だ。「あひ〜」などと意味不明の悲鳴をあげつつ、脂汗垂らして苦悶する。仰向けになってみたり蹲《うずくま》ってみたり足をバタバタさせてみたり、七転八倒とはこのことだ。
ついには夫を叩き起こし、
「た、助けてぇ〜」
「どうしたの?」
「腹が痛い〜。助けてよ〜」
「助けるって……どうやって? どうすればいいの?」
「救急車、呼んで〜」
「えっ! ホントに? ホントに呼んでいいの?」
「呼んでくれ〜〜っ!!」
床を転げまわって絶叫する妻の姿に恐れをなして、寝ぼけ眼で一一九番に電話する夫。そして、駆けつけた救急車に乗せられて、病院に担ぎ込まれた女王様は、痛みも落ち着いて診察を受けた後、医者から次のような宣告を受けたのであった。
「子宮筋腫ですね。三個くらいありますよ」
ガ───ン!!!!
よりにもよって旅行の当日に、そんなものが発見されるとは! せめて来月まで待てなかったのか、忌々しい筋腫どもめ!
「どうしますか?」
医者は、穏やかな口調で続ける。
「もう子どもを産む予定がないのなら、子宮をそっくり取ってしまうのが一番楽ですけどね」
「子宮を取る?」
「困りますか?」
「いやぁ、べつに……」
そう。もはや四十六歳だし、子どもを産む気もさらさらない。だから子宮など必要ないと言えばそのとおりなのであるが、子宮を取ったら困るかどうかなんて、普段考えたこともなかったので、咄嗟《とつさ》に言葉に詰まる女王様なのであった。
私ニハ、何ノタメニ子宮ガアルンダッケ?
「まぁ、お家で、ゆっくり考えてくださいね」
「はぁ……」
てなワケで家に戻った女王様だが、子宮問題を深く追求する余裕もなく書きかけの原稿を仕上げ、バタバタと旅行の用意を整えて、そのまま一路ベトナムへと向かってしまった。そして、ホーチミンにて友人の岩井志麻子と合流した途端、彼女の第一声によって、改めて「子宮」について考えさせられたのであった……。