さて。中毒遺伝子には変異がないと診断された女王様であるが、その件に関してもうひとつ、意外な性向が報告されていた。曰く、
「(中毒遺伝子に変異のないタイプの人は)従順的で規範的であり、多少楽天的な面もあります。しかし冒険精神や挑戦心が多少劣ることもあり、集中力を向上させる生活習慣が要求されます(以上、原文ママ)」
えっ? 「従順的で規範的」? この私がですか? 住民税も滞納し、出版社に前借りしてまで己の欲望に突っ走る、この反社会的な女王様が?
しかも、「冒険精神や挑戦心」が劣るって? ホストだの美容整形だの、危険な水域に進んで頭から飛び込む私に冒険精神がないのなら、いったい誰に冒険精神があるの? 植村直己? エベレスト登頂しなきゃ、やっぱ駄目ですかっ!?
わからないのは、「冒険精神や挑戦心が多少劣ることもあり」という文章に続く「集中力を向上させる生活習慣が要求されます」という一文である。韓国から送られてきた診断書を日本語に翻訳したものとはいえ、ちょっと文意が不明じゃないか。「冒険精神」や「挑戦心」に富んだ人には「集中力」もある、と解釈される文章だが、はたしてそうなのか? 一所《ひとところ》にじっとしていられない性格だからこそ冒険するのではないか? 少なくとも私は、「冒険」とか「挑戦」といったものに対して、そのようなイメージを抱いていたが、違うのだろうか?
首を傾げつつ、その先を読み進むと、これまた、ちょっとしたオチが続いていたのだった。
「そして、好奇心(衝動性)遺伝子に変異が見えます。始めた仕事は最後までやり抜ける習慣を身につけるよう心がけて下さい」
「大体好奇心に変異があるタイプの方は、質問が多く、奇抜な考えや行動がよく出るタイプですが、多くの対話を通じて解していくべきです。更に、このようなタイプは環境によって変化の多様な遺伝子を持っているとされます。周囲の環境により大きく成功する可能性があるとしたら、間違った道に陥る恐れもあります(こちらも原文ママ)」
そ、そうだったのかっ! 女王様は立ち上がって叫んだ。今、自分が見えたよ! 私の行動原理はすべて「好奇心(衝動性)」であり、それは「冒険精神」や「挑戦心」とは違うんだ! 冒険や挑戦には周到な計画が必要だが、女王様の人生には計画性が一切ない。何故なら計画を練るだけの理性も集中力もなく……なるほど、それか! 単に新しい刺激を求めるだけの衝動的好奇心は、粘り強さや計算を要求する冒険とは対極にあるメンタリティなのである。衝動的に冒険する人間は、冒険家ではなく、単なる「無謀なバカ」ではないか。そうだそうだ、確かに私は無謀なバカだよ!
民よ、如何なものであろうか。女王様の遺伝子を解読診断した韓国の企業は、おそらく「中村うさぎ」について何も知らないのである。何の先入観もなく解読した結果、このような診断が出たのだとしたら、遺伝子というのは私という人間をかなり細かい部分にわたって操っているのだと思わざるを得んではないか。遺伝子万能説を唱える気はないが、その威力に深く感銘を受けた女王様であった。