民よ、女王様はようやく最低の状態から脱したようである。前回は、弱音を吐いて申し訳なかった。あんなのは女王様らしくないと自分でも思うのであるが、わかっちゃいるけど口から弱音しか出て来ないのが、「鬱」ってもんなのだなぁ。まぁ、友人知人の深刻な鬱に比べりゃ、女王様の鬱なんて軽いもんだけどさ。
女王様の友人知人の中で、一番の鬱大王といえば、作家の原田宗典である。以前、彼と対談した折に、「鬱の脱し方」として、彼はこのようなことを言った。
「鬱ってさ、自分より大変な人が身近に現れると、吹っ飛んじゃったりするんだよ。俺の場合も、すげぇ鬱に入ってた時、友人のカメラマンが俺より深刻な鬱になっちゃってさ、『もうひとりの自分が見える』とか言い出しちゃって、もう大変な状態になっちゃったの。それを見て、俺のほうの鬱は吹っ飛んじゃったよ」
なるほどねぇ。「自分より大変な人を見ると、自分のクヨクヨが吹っ飛ぶ」という件に関しては、女王様にも微かに身に覚えがある。
五年ほど前のこと、女王様は自宅の玄関でウンコを漏らす、という人生でもっとも落ち込む失態を演じてしまった。そもそも、女王様はその日、腹の調子がすこぶる悪かったのであるが、食い気に負けて知人と鰻を食いに行き、食ってる途中から襲ってきた不穏な気配を無理やり我慢して帰宅の途についたのだった。で、タクシーの中で何度もピンチを迎えながらも額に脂汗を浮かべてどうにか家の前まで辿り着いたのであるが、自宅のドアを開けるやいなや、肛門が決壊して、その場で鉄砲水のごとく溢れ出てしまったのである。
後にも先にも、この時ほど、自分を嫌いになった瞬間はない。四十二歳にもなってウンコ漏らすなんて、生きてる資格がないわ、とまで思い詰め、何もかも嫌になってベッドに潜り込み、どうやって死んでやろうかと鬱々と思い悩んでいた。と、その時、枕元の電話がけたたましく鳴ったのである。こんな時間に誰だろう、と、受話器を取ると、
「もしもし……」
友人が、地獄の底から響いてくるような陰々滅々たる声で、
「俺、もう死ぬことにしたから。たった今、手首切った。さようなら」
「な、な、なんじゃ、そりゃ──っ!!!!」
女王様、ガバッと起き上がり、タクシーに乗ってそいつの家に駆けつけ、その後は警察やら病院やらの対応に追われて(自殺未遂って、救急車を呼ぶと警察が来るんですね。知らなかったわよ)、自分のウンコ漏らし事件もその後のクヨクヨも、すっかり吹っ飛んだのであった。
その時の彼はむろん一命を取りとめ、五年前に自殺未遂をしたことは、女王様がウンコ漏らしたエピソードとセットになって、今じゃ彼の十八番のお笑いネタになっている。
「あの時、俺は本当に死にたいくらい落ち込んでたんだけどさ、のりちゃん(←私のこと)がウンコ漏らした話を聞いて、世の中には俺よりダメな人がいるんだって思ったよ。そんな大変な時に駆けつけてくれて、ありがとう」
女王様のウンコが彼を救い、彼の自殺未遂が女王様を救った。うーん、いい話……なのかよ、これ!?