先日、女王様が都心の某高級スーパーに買い物に出かけた時のことである。缶詰売り場を物色していた女王様の目玉は、突然、ビヨヨーンとギャグ漫画のように飛び出してしまったのだ。
この私をそれほど驚かせた商品とは、何か……それは、コンビーフの缶詰である。
皆さんは、コンビーフの缶詰について、普段からどのようなイメージをお持ちだろうか?
マヨネーズで和《あ》えてサンドイッチの具にするか、キャベツと一緒に炒めたり煮込んだりするか、いずれにせよチープでお手軽な食材の代表選手……少なくとも私は今まで、そーゆー食い物だと思ってたよ。そこのコンビーフを見るまでは、な。
幼い頃から親しんでいるノザキのコンビーフ缶は、三百二十円くらいで今も売られている。そんなもんだろう、コンビーフ缶の値段なんてよ、と、私はタカをくくっていたのであった。そりゃもう、四十年間、ずっとタカをくくりっぱなしでしたよ。
ところが、だ。
そのコンビーフ缶は、なんと三千円だったのである!
「………」
私は缶詰の棚の前で、しばし硬直したね。
三千円? 嘘だろ? それってコンビーフ缶の値段か? たかがコンビーフの缶詰に、そんな値段をつけて許されるのか!?
許されるのである。恐る恐る缶詰を手に取った途端、「許される理由」が明らかになった。
なぜなら、それは「松阪牛のコンビーフ」だから。
この日本で一番エラいのは、マグロの大トロと、松阪牛である。世界でのランキングは知らないが、少なくとも日本国内では、このふたつが最もエバってる食材だと私は思う。
銀座の「岡半」の座敷で、新橋の「|※[#「鹿」が3つ]皮《あらがわ》」で、王様への捧げ物のようにしずしずと運ばれてくる松阪牛を、私も何度か食べたことがある。
美味かったよ。そして、高かったさ。でも私は、請求書を見て「ガチョーン!」なんて叫ばなかった。なぜなら、それは松阪牛だから。
松阪牛は、食べ物界のエルメスなのだ。それがエルメスだというだけで、どんなに法外な値段がついてても、人は疑問を抱いてはならないのである。
なるほどね、と、私は缶詰を握りしめたまま呟いたね。これは、コンビーフ缶のエルメスなんだな。なら、三千円しても仕方ない……のか、本当にっ!?
いや、ここで結論を出すのは、早計というものであろう。この三千円の松阪牛コンビーフを許せるかどうか、その答えはやはり実際に食べてみてから出すべきではないか。ブランドなんぞにコロリと騙されるようでは、ショッピングの女王の名がすたる。
賢くもそう判断した(じつは、ほとんど騙されかけてたのだが)女王様は、さっそくそのコンビーフ缶を購入した。ついでに、その隣にあった「松阪牛の牛肉大和煮」(こいつも三千円だ)も買ってみましたよ。
それにしても、コンビーフのみならず、大和煮まであるとは恐れ入ったぜ。キャンプやお花見の定番食品であった、牛肉の大和煮……庶民的な食い物だとばかり思ってたら、キミも知らないうちにエラくなったもんだよなぁ。
で、試食の結果はどうだったかと申しますと……「あたし、三百二十円のノザキのコンビーフでいいや(苦笑)」。これが、正直な感想でありました。
もちろん、マズかったわけじゃない。おいしかったよ。でもね、缶詰のコンビーフや大和煮って、そこまで気合い入れて食べるもんじゃない。
私にとって、このテの缶詰は、ちょいと小腹の空いた夜などに、缶に直接フォークや箸を突っ込んでモリモリと食べる存在なのである。皿なんか出しゃしないよ。洗うの、面倒くさいもん。
そーゆー食べ方をする食品が、わざわざ松阪牛である必要は、さらさらない。むしろ松阪牛であるがゆえに、そのチープな気軽さが惨めな安っぽさに変換されちゃうような気さえして、いまいち前向きに味わえないのだ。
やっぱ松阪牛ともあろうお方は、高級そうな店で、もったいぶって登場してくださらないと、こっちの気が済まないのである。
エルメスのバッグ持って電車なんか乗ってんじゃねーよってヤツですかね。ちょっと違うか。