夜遅く、トイレットペーパーを買いに入った薬局で、私はこれを見つけたのだ。
「ぷるるん」とゆー名の入浴剤。お風呂に入れるとゼリー状に固まる、不思議な感触の入浴剤なんだそーな。
ゼリーのお風呂……なんか、それって、めちゃくちゃ気持ちよさそうじゃないですか?
大きなバスタブに、ひんやりと冷たく柔らかいゼリーを張り、その中にとっぷんと身を浸す。すると、たちまち冷たいゼリーにツルツルと包み込まれ……ああ、想像しただけで、快感!
深夜の薬局にて、ユンケル一気飲みしてるオヤジの隣にたたずみ、入浴剤の箱を潤んだ目で見つめながら思わず身悶えしちゃった私である。
で、帰宅するやいなや速攻で風呂場に直行し、いそいそと説明書を読み始めたワケだ。
「ぬるめのお湯八十リットルに、二袋が目安」と、説明書には書いてある。
なんだ、お湯かよ。ひやっと冷たいイメージだったのに(なにしろゼリーだし)、ちょっとガッカリ。でもまぁ、この際、温度に関しては妥協しよう。粉末タイプだから、水じゃ溶けないのかもしれないしな。
それより問題は、お湯の量だ。八十リットルは、ちと少なすぎないか? 下半身しか浸からないじゃん。私は全身どっぷりと、ゼリーに包まれたいのである。この点だけは、絶対に妥協できん。よし、お湯はたっぷり張って、そのぶん、入浴剤の量を増やそう。
などと考えてるうちに、バスタブにお湯が溜まったので、厳《おごそ》かに入浴剤を振り入れ、まんべんなく掻き混ぜた。
規定量より多めの、三袋を投入。おお、ドロッとしてきたぞ。だが、まだまだゼリーのイメージには程遠い。ゼリーというより、葛湯《くずゆ》である。もっと、商品名どおり、「ぷるるん」としてくれなきゃ。これじゃ、「どろろん」だっちゅーの。
で、気前よく、もう一袋投入し、よーく掻き混ぜて待った。が、相変わらず「どろろん」だ。固まるのに時間がかかるのかな。髪と身体をゆっくり洗い、再びチェック。
変わってねーよ、全然!
バスタブには、ぷるるんツルンとしたゼリーではなく、スライムみたいな得体の知れない粘液が、どろりと溜まっているのである。そして、どうやら、これ以上は固まる気がないらしい。
おい……話が違うぞ。アマゾンの底なし沼か、これは?
「………」
私は素っ裸のまま、不透明なドロドロの粘液を、呆然と見つめたね。だが、いつまで見つめてたって、事態が変わるワケじゃない。仕方なく、恐る恐る足を踏み入れた。すると、
いきなり、滑った。
バスタブの底は当然のように粘液質の物体でヌルヌルになっており、不用意に足を踏み入れた私は、たちまちズルリンと滑ったのである。
どっぷん……。
水《みず》飛沫《しぶき》もあげずに、私はバスタブに沈んだ。まぁ、風呂場で足を滑らせたのはこれが初めてじゃないが、バスタブの中が底なし沼状態になってるのは初めてだ。立ち上がろうにも身体が重いし、ズルズル滑るし、一瞬、ホントに死ぬかと思ったぞ。
人間、生き方は選べるけど、死に方は選べない。でも、できれば、バスタブの中の得体の知れない粘液の中で、素っ裸で大股開いて溺れ死ぬような真似だけはしたくないもんだ。「この子はいったい、風呂場で何をしてたんでしょうねぇ」と、涙ながらに首を傾げる母親の姿が目に浮かぶようではないか。
必死で悪戦苦闘し、ついによろめきながら立ち上がったものの、全身からドロドロと怪しいスライム状の液体を滴らせた私の姿は、ウルトラマンに登場する謎の怪人のようであった。
何、これ? ちっとも気持ちよくないよ! おまけに死にかけたし、風呂からあがったら怪人に変身してるし、いいコトなんか何もないじゃん!
こんな風呂に、いったい誰が入るんだろう。つくづく不思議な商品だ。ま、子供は喜ぶかもしんないけど、死ぬぞ、絶対。
でも、この入浴剤、けっこう売れてるそうなのだ。ああ、今夜も誰か、風呂場で足を滑らせてるんだろーな。それを思うと、ちょっとうれしい私である。