先日、平和な私の日常に、突然、一大事が勃発した。なんと私の仕事場に、税務署の人が来るというのだ。
「な、何しに来るんですか、その人っ!?」
税理士の先生から知らせを受けた私は、ムンクの絵のような顔になって絶叫した。
「私、何も悪いコトしてませんよ! ホントに!」
「してなくても来るんだよ。たぶん、帳簿をいろいろ調べて、追徴課税を取られるな」
追徴課税だぁ? フザケんな! 住民税も払えなくて滞納してる私に、これ以上税金払えってのか? 自慢じゃないが、通帳には一万円しか入ってなくて、先月も電気代が引き落とせなかったんだぞ! そんな貧乏人に、追徴課税とは……あんたら、人間やない、鬼やぁ!
一瞬、税務署への嫌がらせに自殺未遂でもしてやろうかと思った私だが、本当に死んでしまってはシャレにならんので、とりあえず思いとどまった。
が、何もせずに手をこまねいてるワケにもいかない。とりあえず、税務署員を追い返す方法……いや、それが無理なら、追徴課税を取られずにすむ方法はないものか?
と、その時だ。そんな私の目が、とある雑誌広告にスーッと吸い寄せられたのである。
「人工精霊FOBS……あなたの命令に従う霊的ロボットで、他者の遠隔操作に対応。目的の相手に強烈な作用を及ぼします」
写真には小さな瓶が写っていて、どうやらこの中に目には見えない精霊が入っているらしい。そして、私の命令を何でも聞いて、他人を自由に操れるという話なのだ。
要するに、オカルト・グッズである。それも、かなり怪しめの。いくら私がファンタジー作家だって、瓶に入った魔人なんか信じるかっつーの……なぁんて、普段なら一笑に付しているところだろうが、しかし、その日の私は違った。
税務署員と対決して勝つ現実的な方策がないのなら、この際、こーゆーモノの力を借りてはどうだろうか?
そうだ! この人工精霊で税務署員の意思を操り、追徴課税をゼロにしてもらうのだ!
すっかりその気になった私は、八千九百円の人工精霊を、電話で注文したのである。溺れる者は藁《わら》をも掴むというが、私の場合はオカルト・グッズを掴んだワケだ。たぶん、この手の商品を買う人って、皆、人生において溺死《できし》寸前の人々ではあるまいか。
ま、それはともかく。ようやく届いた瓶詰め精霊に対し、マニュアル片手に解放の儀式を執り行ったのは、なんと税務署員が来る当日の朝であった。
あまりにも散らかってる仕事場をドタバタと片づける夫を尻目に、東を向いて蝋燭を灯し、私は怪しげな呪文を唱え始めたのである。
「ムニャムニャ、我は汝の神なり……(中略)……汝、人工精霊フォブスよ、今日ウチに来る税務署員の意思を操り、追徴課税をゼロに……いや、それが無理ならせめて五万円以下にせしめよ……」
って、まったく、何言ってんだかねぇ。あたしゃ、自分で自分が情けなくなったよ。朝っぱらからこんなバカバカしい呪文を唱える羽目になったのも、麻布税務署、おまえのせいだっ!
で、結局、追徴課税はどうなったかとゆーと……ゼロにはなりませんでしたよ、はい。五万円以下でもなかったね。そんな金額で、税務署が引き下がるワケないでしょ。フッ。
税務署員が難しい顔で書類を睨んでる間にも、私は「こら、人工精霊! こいつだ、こいつ! 早くこいつの意思を操らんか!」と、見えない魔人に檄《げき》を飛ばし続けたのであるが、どうやら私の買った魔人はグータラなハクション大魔王みたいなヤツだったらしい。
「この接待交際費、ちょっと認められませんねぇ」などと冷静に呟く税務署員の言動には、精霊に操られてる様子など微塵も窺《うかが》えなかったのである。
やれやれ。こんなコトなら、人工精霊なんぞ買わずに、この税務署員をノーパンしゃぶしゃぶにでも連れてったほうが正解だったかもしれんのぉ。
人工精霊、税務署員との戦いに敗れたり。やはり、この世で一番強いのは、神でも魔人でもなく、税務署の人なのであるよ。