W杯の大騒ぎも終わったようで、サッカーなんかに興味のない私には、うれしい限りである。
ところで、あの狂乱の真っ最中、誰だったか冷静な文化人が「フランスが核実験した時の怒りを忘れたかのようなこの騒ぎ、まったく嘆かわしい」というようなコメントをしていた。
それを聞いて私は、「核実験ねぇ。そーいえば、そんなコトもありましたなぁ」と、しみじみ遠い目になってしまった。
忘れもしない(ホントは忘れてたけど)あのフランス核実験事件当時、やはり憂国のコメンテイターがTVで「世界ではフランス製品の不買運動まで起きてるというのに、相変わらずフランスのブランド物に大騒ぎしている愚かな日本女性たち」を糾弾していたのである。
そして、その日本のバカ女のひとりである私は、そのコメントに非常に恐縮し、自分が非国民、いや非地球民になった気がしたものであった。ま、それでもブランド物、買い続けたけど。
ブランドという言葉は、もちろん商標という意味だけど、ご存じのように烙印とか焼き印とかいう意味もある。で、それを思い出すたびに私は、自分が弟殺しのカインのごとく、額に烙印を押されてるような気分になるのだ。
それも、「ブランド好きのバカ女」という、「パンツも身体も売るコギャル」に勝るとも劣らない不名誉な烙印である。烙印にしては長いから、略してシャネル・マークが押されてるのかもしれない。額にシャネル・マーク……カッコいいぞ。
てなワケで、そんなバカ女たちが大騒ぎしているフランスのブランド御三家といえば、シャネル、エルメス、ルイ・ヴィトンである。この御三家は人気があるのをいいコトに、「てめぇ、ナメとんのかっ!?」と言いたくなるような値段を自社製品につけるコトで有名だが、まぁ値段はさておき、たまにアッと驚く役立たずモノを堂々と売る根性にも感服させられる。
前号でご紹介したシャネルの「雨の日にさしちゃいけない傘」もその筆頭だが、今回の標的はルイ・ヴィトンのシステム手帳だ。私は今まで、これほど無駄が多くて機能的でないシステム手帳を見たコトがない。
この手帳、見た目はフツーのシステム手帳なのだが、そのペンホルダーの細さは世界一である。あまりに細くて、どんなボールペンも入らない。唯一入るのは別売りのルイ・ヴィトン製ボールペンで、これが短くて細くて使いにくさも世界一であるにもかかわらず、仕方なく客はそのボールペンを一緒に買い求めるハメになるのである。
一流ブランドとは思えない、このセコい抱き合わせ商法。どうせなら最初からボールペンを付けて売れよ、ルイ・ヴィトン!
まぁ、許せるのは手帳が正しく規格サイズである点で、したがって中身(レフィル)のメモ用紙は、東急ハンズとかで売ってる他社製品でも構わない。構わないというより、その方がいいと私は強くお薦めする。
なぜなら、これまた別売りのルイ・ヴィトン製のレフィルは、私のようなタダの日本人にはとんでもなく役立たずだからだ。
表記がすべてフランス語と英語のみなのも、カレンダーに自分とは一生縁のなさそうなフランスの祝祭日が記されてるのも、それは仕方なかろう。そもそも外国の手帳なんだからね。
だが、それにしても名刺入れはサイズが小さすぎて使えないし、各国主要都市の一流ホテルやレストラン、ルイ・ヴィトン直営ショップのリストなど、便利とも不必要とも判断しがたい(個人差だろうな)ページが延々八十ページ近くも続いているのは、素晴らしすぎてタメ息が出るほどだ。たぶん私はこのまま、これらのリストを一度も活用することなく生涯を終えるだろう。
なかでも特に笑ったのは、フランスのヴィンテージ・ワインの一覧表。誰が喜ぶんだ、こんなリスト。川島なお美か?
世界一使いづらいボールペンと膨大な無駄紙を使ったレフィル、そして本体のシステム手帳。この三種の神器を揃えると、お値段は約五万五千円である。嗚呼《ああ》、それでも買っちゃうんだな、額に烙印押された女たちは……。
日本のバカ女とサッカーファンのおかげで、フランス政府には、再び核実験できるだけの資金が集まってるに違いない。