前々号で強引なオバチャンの電話セールスを撃退した私であるが、もちろん昔からこんなにキッパリした性格だったワケではない。若い頃は、どちらかというと断りきれない気弱なタイプであり、したがってキャッチセールス関係者にとっては絶好のカモネギ女であったのだ。
で、今回は、その頃の痛恨の思い出について語ろうと思う。
大学卒業直前だったから、たぶん二十二歳くらいの頃である。例によってウカウカと町を歩いてた私は、とある呉服屋の前で、店員に声をかけられた。
「すいません。今、うちの店でアンケートやってるんですけど」
「あ、あの……私、着物はちょっと……」
「べつに買わなくていいんですよ、アンケートですから。ディスプレイの中から、好きな着物を選ぶだけでいいんです。若い人の好みとか調査したいんで、お願いしますよ」
今の私なら「へへッ」と笑って通り過ぎるところだが、当時の私はバカだった。いや、今でもバカだけどな。違う意味で。
とにかく店員に手を引かれて店に入ると、たちまち数人のオバチャン店員に取り囲まれ、形ばかりのアンケートが終わるやいなや寄ってたかって着物を着せられ「あら、いいわぁ」「買っちゃいなさいよ」「お金がなけりゃローンを組んであげるわよ」などと、口答えもできない勢いで説得され……そして、気がつくと、数十万円のローン契約書にサインしていたのだった。
がぁ—————ん!!!
元々、着物なんか全然欲しくなかったのに、なんでこーなっちゃうの? しかも、まだ初任給も貰ってない身で数十万円もの買い物を……!
店を出た途端、あたしゃ、白目を剥いて倒れそうになったよ。
とりあえず帰宅して、一部始終を母親に話すと、
「あんた、バカじゃないのっ!? すぐに断ってらっしゃい!」
「こ、断れないよぉ〜、今さら」
「なら、お母さんが断ってやるわよ。行きましょ!」
さすが母親は強いなぁ、この調子ならオバチャン店員軍団にも負けないだろう(母親もオバチャンだし)と、頼もしく思って一緒に店を訪ねたのだが……。
あにはからんや。
母親の鼻息の荒さは、店に入る直前までの命であった。店内に足を踏み入れ、オバチャン軍団に取り囲まれたが最後、見る見る腰砕けになり、気がつくと、
「しょうがないわねぇ。まあ、この子も年頃だし、着物のひとつもねぇ、ホホホホッ!」
か、母ちゃん、話が違ーうっ!
結局、「ありがとうございましたぁ!」と、オバチャン軍団の最敬礼に送られて、バカ親子ふたりはフラフラと師走の町にさまよい出たのであった。ふたりとも、完全に放心状態だったね。目なんか、あらぬ方角を見つめちゃってさ。
「お母さん……結局、買っちゃったねぇ」
「そーねぇ……」
「あ、福引きやってる。もうすぐお正月なんだねぇ」
「あんた、お正月に、あの着物、着ればぁ?」
気の抜けた会話を交わしつつ、ふたりは福引き会場へと引き寄せられていった。さっきの呉服屋で、山ほど福引き券を貰ったのだ。数十万円も買い物したんだから、当然である。
「福引き、しようか」
「これだけたくさん券があるんだから、何か当たるわよね」
こうしてふたりは、福引き会場に大渋滞を巻き起こしながら、延々と数十万円分、福引きのガラガラを回し続けたのだった。
ガラガラガラガラガラ……。
四十年の人生を振り返っても、あれほど長時間、福引きをやった覚えは後にも先にもない。そして、その生涯一度の大福引きの結果はというと……。
すべて、スカだった。
信じられるか? ぜーんぶ、赤い玉だったんだよ! せめて二等の温泉旅行くらい出せってんだよ、バカヤロー!
「ありがとうございました〜」
気の毒そうな係員の声を背中に受けながら、親子二代の大バカ女ふたりは、両手に紙袋いっぱいのポケットティッシュ(やれやれ……)を抱え、ヨロヨロと師走の町を去って行ったのである。合掌。
ああ、思い出すたびに心の傷が疼《うず》き、苦笑が洩れる。カモネギ体質って血筋なのだろーか?