毛皮をアクセントにした服や小物が、今年は大流行である。もともと毛皮モノの好きな女王様は、非常にうれしい。うれしさのあまり、例によって後先考えずにバカバカと買い物してしまい、現在はカードの支払いをめぐって苦悩の日々を送っている。キリキリ(←胃の痛む音)。
ま、それは自業自得として、購入した毛皮小物のなかでもっとも女王様が気に入っているのは、クリスチャン・ディオールの靴である。黒いベルベットの、それはそれは華奢なデザインで、甲の部分にフワフワしたチンチラの毛皮のボンボンが付いている。もう、かわいくって美しくて、足に履くのはもったいないから両手にはめて頬ずりしながら歩きたい気分だ。
なにしろこの靴は、雑誌で見た途端にひと目惚れして、銀座のディオールに電話して取り置きしてもらった品なのである。店に行ってみるとベージュのミンクのボンボン付きもあって、思わず両方買ってしまった。値段は覚えてないが、たぶん、思い出したくないのであろう。
しかし問題は、このように美しくゴージャスな靴が、必ずしも履き心地のいい靴ではない、という点だ。履きやすさでいうなら、靴流通センターで二千円とかで売られてるオバチャン靴のほうが、百倍も優れているに違いない。
わかってんだよ、そんなこたぁ。でも、履きたいんだよ、きれいな靴が。お姫様みたいに、華奢な靴でシャナリシャナリと歩きたいのさ。
そう。そんな私の夢を、この靴は見事に叶えてくれた。そりゃもう、じゅーぶんにお姫様気分を堪能しましたとも。なにしろヒールが高くて細くて、走るコトはおろか、マトモに歩くコトさえままならない。私は長恨歌の楊貴妃のごとくヨロめき、階段では召使い(じつは夫)に支えられて歩いたほどである。
うふふふ、やっぱり高貴な身分の女は、自分の足では歩けないくらい、か弱いのがよろしくってよ。女王様、ご満悦……なワケ、ねーだろ! ひと晩履いたら足がムクんで、豚足《とんそく》みたいになっちゃったよ!
まったくねぇ、靴と男は、見てくれで選ぶと痛い目に遭うよ。
だが、それでも私は、我慢した。足が痛くてジンジンしても、挙げ句の果てに豚足になっても、それでも私は毅然と胸を張って微笑み続けたのだ。せっかく見栄張って着飾ってんだから、弱音なんか吐いたら女がすたる。
脂汗タラしてても、私はこの靴で華麗に歩いてみせますわ。だって私は女王様ですもの……。
ところが、だ!
「ねぇ、見て見て。この靴、かわいいでしょ? ディオールの新作なの」
見栄張りついでに、自慢タラタラで友人たちに見せびらかすと、そのなかのひとりが真顔でこう言ったのである。
「あ、そのボンボン、ダスキンのホコリ取りの先っちょに付いてるヤツじゃん」
「ヤツじゃん」って……断言するなよ、おまえ!
だいたいなぁ、言うにコトかいて、何が「ダスキンのホコリ取り」だぁっ! チンチラだぞ、チンチラ! ディオールなんだよ、ディオール!
でもね、確かにそう言われてみると、極上の毛皮のボンボンは、ダスキンの毛バタキの先っちょに付いてるフワフワ部分に酷似していたのであるよ。
ガァ————ン!!!
その瞬間、私のお姫様気分は、ガラガラと音をたてて崩れたね。
まさに、「裸の王様」だ。魔法の解けた「シンデレラ」だ。足の痛みを我慢し続けてた私の見栄と苦労は何だったのっ!?
幻想なんである。しょせん、チンチラなんてタダの毛深いネズミだし、ディオールだって単なるファッションメーカーの名前だよ。そんなコトはわかってたけど、でもでも夢を見ちゃった私が悪いのかしら。
いや、私は悪くない。女王様の幻想を支持しないコイツが悪いのだ。世が世なら(どんな世だよ)、おまえなんか、即刻、打ち首だぞ。童話には書かれてないけど、「王様は裸だ」と叫んだクソガキも、きっと処刑されたと思うね、あたしゃ。
裸の女王様に、世間の風は冷たいようである。でも、負けるもんか。世間の反感なんぞ、ディオールの靴で踏みにじってやるわい!