たまに自分で自分が怖くなるのだが、女王様、もしかしたらストーカーかもしれない。
まぁ、幸いにも人に対してストーキング行為を働こうと思ったコトは一度もないんだけど、でも、いったん「欲しい!」と思ったモノをとことん付け狙い、何が何でも手に入れなければ気がすまないという執念は、ほとんど偏執狂的であり、ストーカーの心理にかなり近いものではないかと思うのだ。
要するに、幼児的なんだよな。どうしても手に入らないとわかったら、「ちくしょー、シャネル(エルメスでも何でもいいけど)のバカヤロー!」などと逆恨み状態に入るのも、オモチャを買ってくれない両親に悪態をつく子どもと一緒で、我ながら情けない。四十歳にもなってダダこねるなよ。中村うさぎ、恥ずかしいヤツ!
で、先日も女王様は「ダダこね」状態になってしまった。というのも、秋冬物のショーでひと目惚れしたシャネルのジャケットが、受注会で注文したにもかかわらず、どうしても手に入りそうにないと言い渡されたからである。
「あのジャケットは大人気で」と、シャネルの店員は気の毒そうに言うのであった。
「注文は入れておきましたが、たぶん無理だと思います……」
む、無理ですって!? この私の手に入らないモノが、この世にあるとは何事だぁっ(その前に、そーゆーおまえは何様なんだよという意見もあるが……)。
手に入らないと言われると、ますます燃え上がるのがストーカー魂である。私は幻のシャネルのジャケットを想い続けて、悶々としたね。
と、そんなある日。夫の父が病気になり、私の夫は急遽《きゆうきよ》、香港に里帰りすることになった。
そうか……香港! うっかり忘れていたが、私の夫の故郷は世界に名だたる買い物天国ではないか! 日本で手に入らない商品も、あそこになら売ってる。しかも、日本で買うより安い値段で……。
こ、これが買わずにいられるかぁっ!!!
義父が病気だというのに、シャネルのコトなんか考えてしまう私は、悪魔のような嫁である。が、思いついたらどうにも止められない。父親を心配して憂い顔になっている夫ににじり寄り、私はディズニー映画の魔女のごとき邪悪な笑顔で囁いた。
「ねぇねぇ、シャネルのジャケット、買って来てぇ〜。お金なら払うからさぁ、ぐふふふふ」
「何がシャネルだ! んなコト言ってる場合か、バカヤロー!」などと夫は言わなかったが、心の中ではちょっと思ってたかもしれない。夫よ、すまん。
一週間後、香港の夫から明るい声で電話があった。
「お父さん、大丈夫みたいだよ。それからね、シャネルのジャケット、あったよ。欲しい?」
「欲しいよ! 今すぐ買って、国際宅急便で送って!」
電話を切った後、私の勝ち誇った高笑いがあたりに響きわたったのは言うまでもなかろう。
ホーッホッホ! ついに手に入れたわ! ざまぁみろ、銀座シャネル本店! 私は不可能を可能にする女なのよっ!
が、勝利の快感に酔いしれたのは束の間であった。送られてきた白いジャケットは、まさしく私が欲しがっていたものに間違いなかったのだが……しかし!
諸君、服ってのはじつに、着てみるまでわからないモノであるよなぁ。
まるでペルシャ猫の女王様みたいに、白くてフワフワしてて愛らしい起毛素材のジャケット……だが、それは同時に、換毛期のペルシャ猫のごとく毛が抜けまくるジャケットだったのである!
いやもう、抜ける、抜ける、ごっそり抜ける。そんでもって、抜けた毛が飛び散る、飛び散る。
女王様の行く先々にはことごとく白い毛玉が降りつもり、触れ合った人々はすべて全身毛まみれ状態。おまけに、抜けて漂う毛が容赦なく鼻や目に侵入して、クシャミは止まらないし、目はチクチクするし……なんちゅー迷惑な服なんじゃ、これは!
しかしまぁ、義父の病気の心配もロクにせず、ひたすら物欲の悪魔に魂を売り飛ばした業の深い私への、これが天罰とゆうモノなのかもしれない。
今回は、ちょっぴり反省の女王様なのであった。シュン。