女王様は、丸顔である。どんなに痩せてもやつれても、顔だけは満月のごとく……ってゆーか、ふてぶてしいくらいに丸々としているのだ。この小顔ブームの世の中において、これほど反時代的な顔の輪郭を持った女を、私は他に知らないね。
この顔のおかげで、「サモ・ハン・キンポー(香港映画『燃えよデブゴン』主演のデブ男優。小錦系の顔立ち)に似てる」なんて言われるし、まったく、ロクなもんじゃねーよ。
そんなワケで、思春期の頃からずっと、私の課題は「いかにして顔を細くするか」であった。ああ、そのために、どれだけの努力と金をつぎ込んだことだろうか。親知らずも全部抜いたよ、顔痩せエステにも通ったさ。が、しかし……私の顔は相変わらず、反時代的な丸さを堂々と主張し続けているのである。
特に最近、この連載のおかげで世間に認知されるようになったのか、以前より雑誌の誌面に顔をさらす機会が増えてきた。こーゆー時に、少しでも美人に写りたいと願うのは、女として当然の想いではないか。ああ、それなのに……送られてきた雑誌を開くたび、私は自分の顔の丸さに愕然とするのであった。そりゃもう毎度毎度、「誰だ、この顔デブ女」とか思っちゃうんだよ、自分の顔見てさ。これって結構、辛いコトですぜ、女として。
そこで私は、人生において何十回目かの決意を新たにしたね。何がなんでも、この丸顔を克服してみせる! 次に雑誌に載る時には、息を呑むほど細面の美女に写ってみせるわよ!
まぁ、あんたも四十歳にもなるんだから、いいかげん顔のコトは諦めなさいよ、と、人は言うかもしれない。しかし、私は不屈の女である。無謀なほど諦めの悪い女なのだ。
すでに抜くべき奥歯もないし、もはやエステに何事かを期待する私でもないが、他にも何か方法があるはずではないか!
で、今回、私が絶大な期待とともに購入した商品が、こちら……その名もズバリ、「小顔ファンデーション」なのであった。
そう。私はもう顔の輪郭自体を変えようなんて、そんな神をも畏《おそ》れぬ野望は捨てたのだ。顔の輪郭は、何をやっても変わらない。人の性格が変わらないように。ならば、化粧という魔法によって、顔を細く見せてしまえばいいではないか。
通販の雑誌に載っていた実例写真(例の「使用前、使用後」ってヤツ)を見ると、見違えるほどほっそりとした顔のモデルがあでやかに微笑んでいる。そして、食い入るように見つめる私に向かって、彼女はこう囁きかけてきたのである。
「ほら、いかが? このファンデーションを使えば、サモ・ハン・キンポーに似てるあなたの顔も、こんなにスッキリするのよ。うふふふふっ!」
それは、そら耳だったのかもしれない。だが、私はその声を信じたね。信じて、即座に申し込みましたよ。
こうして、約一週間後には、その魔法のアイテムを手に入れた女王様、もはや向かうところ敵なしのウハウハ状態であった。と、折しもそこへ、某雑誌の取材依頼が……。
「ホホホホッ、もう私は今までの、写真撮影に脅える顔デブ女じゃなくってよ。なんぼでも、かかってらっしゃ——い!」
女王様は高笑いとともに依頼を受け、秘密兵器で念入りにメイクしてから(心なしか、メイクするとホントに顔が細く見えるような気がした)、満を持して写真撮影に臨んだのである。
そして、それから一カ月後、自宅に送られてきたその雑誌をイソイソと開いた途端……。
ガガガ、ガァ———ン!!
ベートーベンの『運命』のイントロが頭いっぱいに鳴り響き、私はウーンと呻いて雑誌を閉じると、そのまま布団に潜り込んでしまったのだった。
そう、それはまさに運命だった。顔の輪郭は変わらない、どんなに化粧したってね、という過酷な運命だったのである。
ちくしょー! あの通販雑誌のモデルの囁きは何だったんだぁ……って、やっぱ、そら耳でしょ、それは。
女王様の夢、またしても破れたり。だが、何度も言うように、私は不屈の女である。見てらっしゃい! 次は脂肪吸引手術で強引に細面になってやるわ!