今さら言う必要もなかろうが、じつは、女王様は天下一の買い物ベタである。特に商品の将来性を見る目は、まったくない。これは、今までの経験から、自信を持って言える事実である。
思えば、この四十年間、女王様に「コレだ!」と見込まれた商品が、厳しい競争に勝ち抜いて生き残ったコトなどあっただろうか。いや、ない。全然ない。私に見込まれた商品は、ことごとく他社製品に敗北を喫して市場から姿を消しているのである。
たとえば、ビデオ機器。二十年近く前に、ソニーと松下が激闘を繰り広げたあの当時、女王様が満を持して購入したのはソニーのベータマックスであった。結果は……ご存じのとおりである。今どき、ベータのビデオデッキがある家なんて、我が家くらいだろう。壊れてもいないのに、使われなくなって幾歳月。引き取りに来い、ソニー!
でもって、数年前には、ソニーのプレイステーション(以下、プレステ)とセガのサターンが、ほぼ同時期に発売され、ゲームファンを右往左往させたのだ。もちろん、女王様が「コレだ!」と見込んだのは、セガであった。そして、もちろん世の中は、プレステの天下となったのである。ううっ、バカヤロー!
てなワケで、昨年、セガから鳴り物入りで発売された「ドリームキャスト」(以下、DC)。これを、女王様は買わなかった。決してセガに見切りをつけたワケではない。むしろ逆だ。
「ここで私が買ったら、きっとDCはコケる。それはあまりに申し訳ないから、あえて購入せず、柱の陰からひっそりと見守りましょう。がんばれ、セガ! がんばれ、湯川専務!」
このような心境だったのである。まるで、彼氏が芸能界で成功しそうになったのを見て、泣く泣く身を引く元愛人みたいではないか。なんて健気なんだ、私! いじらしくて涙が出るぜ!
ところが、だ。
女王様のこんな悲しい決意も知らず、正月に遊びに来た若い友人は、いきなり地雷を踏む発言をしたのである。
「えーっ、DC買ってないの?」
「うん、まぁ……」
「絶対、買ってると思ったのになぁ。なぁーんだ!」
おい、待て。今、なんて言った?「なぁーんだ」だとっ!?
女王様は負けず嫌いである。息子ほど年の離れたガキに「なぁーんだ」なんて言われた日にゃ、この負けず嫌い魂が黙っちゃいねーよ。
「か、買うわよっ! そのうち買おうと思ってたの!」
ムキになる私に、彼はさらにトドメを刺したね。
「早く買わないと売り切れるよ。ほら、正月だからさ、子どもがお年玉持って殺到するじゃん。小学生に先越されちゃうよ」
もともと「限定品」とか「品薄」とかって言葉にワケもなく反応して、勝手に緊迫してしまう女王様だ。この「売り切れるよ」のひと言に、他愛もなく慌てふためいたね。
しかも、「小学生に先越される」ですって!? この私が、女王様である私が、そこらへんの小学生に負けるなんて、とんでもないわよ、キィ——ッ!!!
その瞬間、地雷は爆発した。「後先考えないモード」に突入した女王様は、翌日、速攻で新宿の「さくらや」に飛び込み(勢いあまって、開店前に着いちまったさ)、あれほど買うまいと決めていたDCを買ってしまったのであった。しかも……!
帰宅して調べてみたら、欲しいソフトが一本もないコトに気づいたのである。つまり、ハードは買ったけど、当分ゲームはできないってワケですね。当分どころか、ソフトの発売状況によっては永遠に使う機会がないかも……おい、何のために買ったんだ、中村うさぎ!? 小学生に勝つためだけか!? それでいいのか、おまえの人生!?
正月早々、またもや無意味な買い物に走ってしまった私である。誠に業の深い女と言えよう。バカは死ななきゃ治るまい。
だが数日後、「さくらや」でDCが売り切れてるのを見た時にゃ、ちょっと溜飲が下がったね。お年玉でDCを買い損ねた小学生よ、この私を恨むがいいわ、ホーッホッホッ!
でも、これでDCがコケたら私のせいだ。すいません、湯川専務改め常務。中村は、小学生に勝ったけど、自分に負けました……。