さて。先週、全国の文春読者に向かって堂々と「シャネル決別宣言」をおこなった女王様は、その公約を果たすべく、さっそく銀座のシャネル・ブティック本店に向かった次第である。
おい、ちょっと待て。二度とシャネルで買い物をしないと誓ったんなら、ブティックなんか行かなきゃいいじゃないか……と、何も知らない人々は、ここでツッコミを入れたくなったコトであろう。だが、それは間違いである。あんたたち、シャネルと女王様の深い因縁を、まだまだ理解してないね。
じつは女王様は、すでに先月、シャネルの春夏物をアレコレと、合計百万円分くらい注文しているのである。まだ商品が届いてないから、カードは切ってない。つまり、キャンセルするなら今のうちってワケよ。
しかし、一度注文してしまったモノをキャンセルするのは、なかなか勇気の要る行為だ。特に私のような見栄っぱりはねぇ、「やっぱ、いらないわ」の一言が言えなくて、これまでどんなにムダな買い物をしてきたコトか……ああ、でも、いけないわ。こんな自分を変えなきゃ!
で、このたび、私は考えたね。いくらなんでも全部キャンセルするのはアレだから、一番の大物を……そう、四十一万円のジャケットを一点だけキャンセルしよう。そうすれば、消費額はとりあえず半分くらいに減るし、シャネルに対して失うメンツも半分くらいで済むではないか。
と、そんな計画を練ってた、その矢先! 当のシャネルから電話がかかってきたのである。
「ご注文のお品のうち、ジャケットだけ入荷いたしました。ぜひ、ご来店くださいませ〜」
げげっ、なんてこった! よりによって、キャンセルしようと思ってたヤツだけ入荷するなんて……すっげぇ断りにくい状況じゃん! これは神が私に与えた試練なのか、それともシャネルの陰謀なのかっ!?
ま、どっちにしろ、店に行かないワケにはいかなくなった女王様は、ついに腹をくくって、銀座へと向かったのであった。タクシーの中では、ずっと自分に言い聞かせてたね。
「絶対に断るのよ! 何があってもキャンセルするのよ! ああ、神よ、私に勇気を与えたまえ!」
そして、タクシーは並木通りの中程で止まり、私はシャネルの店内に足を踏み入れたのだが……その瞬間!
「むむっ!?」
私の目が、いきなり、一着のジャケットに釘付けになったのである。例の注文したジャケットではなく、まったく別のヤツだ。しかも、すごくかわいい!
ついつい近寄って手に取ってしまった私は、背後に店員の気配を感じて、ギクリと振り向いた。と、店員はすかさずニッコリと微笑み、
「あら、そのジャケット。今、お店に出したばかりなんですよ」
「そ、そーですか」
「ちょっと袖を通してごらんになって……まぁ、お似合い!」
「え、そーかな。エヘヘ」
こら! どーした、中村うさぎ! おまえは買い物しに来たんじゃないだろっ!? キャンセルしに来たんじゃないのかっ!? いきなり初心を忘れるなぁっ!
だが、女王様は思ったのだ。
「このジャケットを買えば、もうひとつのヤツをキャンセルしやすくなるわ。そうよ、あれをキャンセルするためにも、ここでひとつくらい買い物を……」
一枚のジャケットをキャンセルするために、別のジャケットを買う……まったく筋の通らない理屈である。結果は一緒だっつーの。ところが、女王様に、筋の通った理屈は通用しない。
「じゃ、これ、ください」
「ありがとうございます。あ、ご注文のジャケットも、お持ちしますね」
「あ、アレね。アレは……その……今度来た時に……えーと、だから今日は、とりあえず、これだけで……さらばっ!」
バ、バカヤロー! 結局、断ってねぇじゃんかーっ! しかも、買う予定じゃなかったジャケットまで買っちゃうしぃ……ね、どーして!? なんで、こーなっちゃうのよ、私の人生っ!?
ちなみに、衝動買いしたジャケットは三十八万円。四十一万円をケチるつもりで、三十八万円の浪費をした私なのであった。
おい……誰か殺してくれ、このバカ女。