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正しい乙女になるために05

时间: 2020-10-28    进入日语论坛
核心提示:時を駆ける宇野重吉 瀬戸内海の海が見える小さな街、尾道《おのみち》には路地と坂道、山と海、それだけしかありません。海から
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 時を駆ける宇野重吉
 
 瀬戸内海の海が見える小さな街、尾道《おのみち》には路地と坂道、山と海、それだけしかありません。海から道路を隔てれば商店街(店は大抵九時には閉まります)、商店街の向こうには鉄道、それを越えればもう山の裾野《すその》です。尾道の市街は山の中、家々は急な石段と坂の細い道沿いに立ち並び、玄関を覗くと平屋だというのに家の中に階段がある不思議な住居さえあります。山の緑の間を蟻の巣のように延びる石造りのラビリンス。大林宣彦はこの街で「迷路のように彷徨《さまよ》って欲しい」と語りました。
 観光客はガイドマップを持ちながら、オリエンテーリングよろしく街を歩きます。行き着く先は山頂の展望台、はたまた小さな寺院、これといって観るべきものはありません。一応の名所は街を歩く為の便宜上の目的でしかなく、尾道観光とはこの奇妙な街を「歩く」ことに終始します。トタン屋根、格子の扉の前に干された子供用の運動靴、つづらおりの石段に一息つき後ろを振り返ると、折り重なった屋根屋根の向こうに海が見えます。山と市街と海、これらが一望出来る光景は、遠近法を狂わせた風景画のようです。それぞれの別な時間が重なり合い、景色は時を静止させます。地図を眺めていると、宇野重吉に似た小柄な老人が話し掛けてきました。「何処へ行かれます」「このお寺まで」「それなら近道をお教えしましょう」。宇野重吉は僕の肩を叩き、険しい山道を上ってゆきます。「私は毎日この道を散歩するのです。時にはあの山の頂きまで登るのですよ」、宇野重吉はニコニコしながらそう語り、一軒の家を指さしました。「この家が『時をかける少女』という映画のロケで、主人公の女のコの家になった処です」。蒼い三角屋根の家は、この辺りに少し不釣り合いな西洋風の佇《たたず》まいをしておりました。「誰か棲んでいるのですか?」「ええ、今も人が棲む民家のようです」。
 少女は少年と出逢い、初恋は柔らかな記憶だけを遺して消えてしまうのなら、尾道の街は淡い夕暮を海のみなもに映してくれることでしょう。この街は思春期に支配されています。白い開襟シャツの中学生が、長い坂道を自転車を押しながら帰っていきました。彼の好きな女のコは、彼の気持ちを知っているのでしょうか。もう暗くなり始めます。夜は船の汽笛を聴きながら防波堤に座り、一人で花火でもいたしましょうか。
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