友人のSさん(♀ 二九歳)が語ります。「この人カッコいいでしょ。私、この人と結婚するの」「面識はあるの?」「テレビで観ただけ」「どうやって知り合うの?」「根性」。夜中にファミリーレストランでタレントが載ったグラビア雑誌を何冊も見せられる僕は、少し可哀想です。けれども一笑にはふせません。
よく中高生向きの雑誌の悩みの相談室で、「私は恋をしています。でも、彼は手の届かない芸能人です。私はテレビやコンサートでしか彼と逢えません。どうすればよいでしょう」という投稿があります。このテの悩みに関する回答はいつも決まっていて、「貴方くらいの年齢は誰もが芸能人に憧れます。しかし貴方は本当の彼の姿を知らない筈です。今の気持ちは単なる憧れです。もう少し大人になれば本当の恋をするでしょう」というものです。
僕はこの回答には不満です。どうして相手がテレビの中の人なら、嘘の恋なのでしょう。もしこれが「いつも電車の中で見かけるあの人」だったらどうでしょう。出逢いは千差万別、街角で見初《みそ》めることもあれば、テレビで意中の人を見つけることだってあります。本当の彼の姿を知らないなんていいますが、普通の恋愛を考えてみたって、一体どれだけ相手のことを知って好きになるというのでしょう。恋の最初は片想い、相手を自分のイメージに嵌《は》め込む美しき誤解は、恋の基本というものです。ヒトラーや野口英世という歴史上の人物、ミスター・スポックやカッパなどの架空の人物ならともかく、芸能人なら同じ地球に棲む人間同士、知り合う機会なんていくらでもあります。本当にそんな恋を成就させようと思うのなら、綿密な計画と強引な行動力で罠を仕掛ける。業界に就職するもよし、家を探しあててその前で行き倒れになるもよし、なにしろ相手は芸能人、尋常な努力ではいけません。同じ恋をするなら獲物は大きく狙え。そんな前向きな姿勢は、きっと校長先生も誉めて下さることでしょう。そうして見事接触に成功したあかつきに、貴方がどれだけ素敵なレディであるかが勝負の分かれめ。その日の為に、貴方の乙女に磨きをかけておくことが大切なのです。