満天の星空の下、僕達はずっと光の遠さにおののいていました。今、確かに僕達は小さな星を眺めているというのに、その星から出た光は遥か昔の光、今ではもうその星が存在するかさえ解らないのだといいます。僕達はそのことがとても悲しいことのように思え、ずっとずっと肩を寄せあっていたのでした。それは愛や恋という大人びたものではなく、もっと幼くてはかない、切なさという感情なのでした。
僕達は切なさという、たったひとつの頑是《がんぜ》ない感情を知る為に生まれてきたのだといいます。言葉を覚え、学習し、時に笑いさざめき、沈黙し、出逢い、小説を読み、歌を歌い、ドギマギし、大切なものをみつけ、大切なものを失くし、震え、激しく震え、一秒一秒年をとっていくのも、全ては切なさという、生まれたての表皮のない身体が風に吹かれるような感情のせいなのです。僕たちはこの不思議な感情に操られ、死を夢みながらも死にきれず、時に人生を棒に振ってしまうのです。淋しくて、有り難くて、嬉しくて、泣きだしてしまいそうな、自分で自分の身体を抱きしめておかなければ、血液と共に全身を巡るその感情が爆発してしまい、自身がバラバラに壊れてしまいそうな衝動。それは何にもまして苦しく、息が出来ぬ激しさでありながらも一等静かな原始の咆哮《ほうこう》なのです。
──二つの物質の間に働く、互いに引きあう力。ニュートンの発見した万有引力、異符号の電荷や磁極間に働くクローン引力、そして原子核内における核力。これらを物理学の世界では「引力」と定義している──
僕が君に惹かれるのは、君と僕との間に引力が働いているからなのです。君の核と僕の核が互いに引きあうからこそ、僕達は無数の偶然の中から必然を探し求め、今こうして星を見つめているのです。かつては同じものであった君と僕は、どうして離れ離れに存在しているのでしょう。僕は君でありながらも、君が足を踏みつけられても痛くありません。それはとても辛いことです。
地球は月と引力で引きあいます。互いを呼びあいながらも一つにはなれず、何十億年もの間、海は満潮と干潮を繰り返します。切なさとは海のさざめきのメタファーです。波の音は歌います。
──かつて、いくつかの双子星が引力に従って、均衡を破りその距離を縮めた。彼らは激しく衝突し、一瞬にして砕け散った──と。切なさは引力と共に加速し、やがて物質としての姿を失う。切なさの行く先は悲劇なのでしょうか。
それでも僕達は切なさより逃れる術を知りません。たといこの身が砕けてしまおうとも、僕達はずっと切なさの運動に身体を預けるしかないのです。只、こうして一緒に星空を眺めることが、君の踏まれた足の痛みが解らぬことが、こんなにも大切なことだと気づいた今、僕達は何を恐れることもありません。切なさを知る以前、僕達は途方もなく孤独だったのですから。