この連載をはじめて、もう一ヵ月半以上もたってしまった。
私はたしか第一回目に、自分の髪の毛が少しずつ薄くなり、それに悩んだ話を書いた筈である。
ところが、この一ヵ月のあと、少し事情がちがって来た。
どう事情がちがって来たかはあとでお話するとして、その間の経過を少し、しゃべらして頂こう。
十年ぐらい前から、朝、眼をさますたびに抜け毛の多いことに気がついた。その時はそれほど狼狽もしなかったのであるが、ある日、友人たちと一緒に写真をとるべく、私がしゃがんだ時、後列に立っていた友だちが、
「おや、うすくなったねえ」
と言った時は、愕然とした。
あわてて対策をたてはじめた。毛はえ薬というものはたいてい使ってみたし、スイスから吉田首相も使用したというカプセル入りの溶液もとりよせたぐらいである。
その頃、仕事場にしていたFホテルの理髪部の主人が、
「生やすことは薬では不可能です」
そうつめたいことを言って、
「今の髪を確保するより仕方ないですなあ」
卵を頭にぶっかけて、その黄身で髪を洗うことまでしてくれた。頭が黄身でドロドロになるのを耐えしのんだのも、今、思うと一本でも失うまいとした憐れな心情からである。
だが何をやっても駄目だった。モテない男が何をしてもモテないように(これは過去の体験から身にしみて知っているのである)禿げだした男の頭はもう何の手をうっても防ぎ切れない。
そういうことを自覚したゆえ、私は悟りをひらいたつもりだったのである。
ところが——
この一月、最初の原稿を書いたあと、読者の一人からBという髪の薬を使ってみませんかという手紙を頂いた。その方はBを使用して嬉しい徴候をえたというのである。
Bはどこの薬屋、化粧品屋でも売っているというので、私は半信半疑だったが、その御好意を無にしたくないため、買ってきた。
そしてその使用方法をよく読んだ上、第一液と第二液からなりたつこのBを交互に頭にふりかけて、マッサージを毎日、怠らなかった。
正直いって、私は今度も駄目だろうと考えていた。一ヵ月たっても効果ないなら、Bはもう続ける気持はなかったのだ。
それが、二十日すぎた頃、
「おや」
私の頭を覗きこんだ家人が大声をあげた。
「うぶ毛みたいなものが生えてきた」
私は前からあった毛だろうと笑った。しかし、うぶ毛でもそれがもし生えたというなら悪い気はしない。新しくBをもう二瓶、買って使用をつづけた。
一ヵ月半の今、そのうぶ毛は黒みをおび、約二センチほどの幅で拡がってきた。もはやうぶ毛ではなく、小さな髪と言えそうである。
Bの名をここでハッキリ書けないのが残念だが、化粧品屋でBの頭文字のある頭髪液と言われればわかる筈である。
私に効いたから、すべての人に効くとは限らないだろう。また私はBの会社とは全く関係がないことは誓って申しあげる。
禿を気にしておられる中年男諸君に緊急特報としてお知らせする次第だ。