ネコもシャクシも洋行できる世の中になった。まずは、めでたいかぎりである。外務省をのぞいてみると、パスポート申請のオッさん、おばさんたちが緊張した面持で、横文字のサインをやっとる。羽田に行けば早朝から一人の男が円陣にかこまれ、
「穴野尻作君、バンザーイ」
「バンザーイ」
まるで出征のときと同じ風景だ。たかがニューヨークやロンドンに出かけるのに友人、縁者、知人、ことごとく見送らんでもいいだろうと思うのだが、そうもいかぬらしい。
「よオ」
「やア」
「やっとるね」
「やっとるよ、元気かね」
「うん。元気だが、当分、もう君には会えんかもしれんのだ、このオレは」
「変なこと言うね、なぜだ」
「実は今度ヨーロッパに行くことになってね。ハッ、ハッ、ハ」
うれしそうに笑いながらパスポートなんか、ちらつかせる。やはり外国へ旅行するということは大の男にとって得意であるらしい。チェッ、なんだよ、たかが外国旅行ぐらいで天下とった顔すんなと思っても、こっちには金なし、チャンスなし、そこで考えたあげく、バーなどで、
「二、三日中に、オレはオウシュウのほうにいくことになってね」
ホステスたちは羨ましそうに、
「オウシュウに行くの。羨ましいわ。ステキ、つれてって」
「ああ、つれていってやっても、いいよ」
「ほんと。ウソじゃないでしょうね」
「ほんとさ。オレ、生れてから坊主の髪とウソはゆったことない」
てなわけで、本気にしたホステスと五日後待ち合わせて、仙台に行った奴がいる。
「ウソつき、オウシュウに連れていくなんて人をだましてさ」
「何がウソだ、ここは奥州じゃないか」
こういうことばかり考えている狐狸庵は人にバカにされる。しかしバカにされてもかまわねえやねッ。