第三には、ひどく国粋主義者になって帰国する洋行型がいる。これは最近、出現しはじめたニュー・ルック型で、まだ数少ないが、時々おめにぶらさがる。
「向うで英語、話したかって? 冗談じゃないよ。日本人だろ。堂々と日本語でドナってやったさ。レストランに入ってもだな。ミズ、モッテコイと怒鳴りつけてやるのさ。
するとボーイがかしこまって、イエス、サーと一礼、ちゃんと水をもってくるから妙だね、グッドモーニングなんて一度も言わなかったぜ。おい、このやろう! こう言うと向うはペコペコだ。大体、向うにいっている日本人は妙な白人コンプレックスにかかっとっていかん。堂々とやりゃいいじゃないか。日本語で押し通せばいいじゃないか。グズグズ文句言うなら、ジュウドウ知っとるぞ、そう一発ぶつければ、縮みあがるんだな、毛唐は。日本男子ここにありで旅行してきたよ」
しかしこういう心理もまた劣等感の裏がえしであることをご当人、お気づきじゃない、何も日本人と威張らず、毛唐と見くびらず、ごく自然に、ごく普通にやれんもんかいな。
バーなどの主人でちょっとぐらい外国に行った奴と、これまたちょっとぐらい外国旅行をしてきた客の会話ほど、横で聞いていて愚劣にして滑稽なものはないなあ。
主人「おや、お客さんもブルターニエの方に。ぼくも昨年、組合の連中と一緒にブルターニエにいきましたよ」
客(鼻白んだ顔で)「ふうん、ブルターニエじゃないだろ。あれはブルターニュというんだ。少なくともぼくの行ったのはブルターニュだがね」
主人(ムッとして)「ブルターニュ。知ってますよ。そのくらい。しかし向うの土地の人はブルターニエと発音してるんで、この方が正確なんだと、私はききましたね」
客「へえ、向うの土地の人がねえ。ぼくは向うに一ヵ月も滞在してたが一度もブルターニエという人間に会ったことはないがね。まあ、いいさ。ブルターニエか。もっとも向うじゃ、変な発音しても大目にみてくれるだろうな」
主人「まるで、ぼくがブルターニエに行かなかったようですね、今のお話では。おい。(そばのボーイに)山田。ぼくはたしかにフランスに行ったろ。え、返事しろ」
客「なにも君がフランスに行かなかったとはいっとらんよ。ただブルターニエとはおかしいと言っただけなんだ。君は向うにどのくらい、いた?」
主人(ちょっと、弱気になって)「二日です」
客「二日ぐらいじゃ、滞在したとは言えんよ。ぼくなんか、一ヵ月だからね、一ヵ月」