しかし、人間の虚栄心がいかに根づよいものであるかを知るためには映画館の休憩時間、便所を覗いてみるにしくはない。便器が五つ。この便器がことごとく既に占領されておって、一つずつに三人、四人の男たちが順番を待っておる。
彼らはどれも早く、便器の前にたちたいのである。なぜなら彼らは甚だしく尿意にせまられているからである。だから、ある者はイライラし、ある者は足をふみならして順番のまわるのを待っているにかかわらず、ここに虚栄心のまだ強い男はただ、たんに他の者たちに優越感を感じたいため、
(俺はお前らとちごうて、そんなにしたくはないんだぞ)
それを誇示したいために悠々とタバコなどをだし、カチリとライターで火をつけ、紫煙を吐きだしてみせるのであるが、何も臭い便所でタバコをすわなくてもよかろう。これはあきらかにつまらん虚栄心のなせる業であって、こういう便所でもわれわれは人間の観察はできるのである。