またこういう御仁は学生の頃などもあまりパッとせんようだな。六大学野球リーグなどで、他の連中が肩をくみ、
都の西北 ワセダの森に
みよ 精鋭のつどうところ
愛校心にもえ「青春はええなア」「カレッジライフはすばらしい」などと、友情ごっこの真似みたいなのを神宮球場でやるとき、一人だけ両側の友人に肩をくまれ、半泣きみたいな顔をして「ミヤコ……ワセダ……モリ」などと蚊のなくような声で、いちおう、みんなの声にあわせている男がいるが、ああいう男は狐狸庵好きだの。なぜならこの男は、
「なんだ、野球の応援などクダらん」
そういい切るほど気力もなく、といって、まったく愛校心に陶酔するには照れくさく……そのどっちにもつけんのである。こういう仁は会社にはいっても、メーデーの日など、うしろから浮かぬ顔をして足をひきずり歩いてるワ。
こういう男の美点を女はけっしてわからんな。だいたい、女というのは自分にたいしては一足す一は三でもあり四でもあるような考えをもっとるが、男にたいしては黒か白か単純な奴を男らしいと思うて好むからな。だから女はバカよ。
女はこういう自意識のある男を「弱気」とか「シャリッとしない」とかいって馬鹿にするな。しかして、さっきの課長みたいな「バンダの桜、富士の雪。女、俺と遊べッ」こういう手合いを、男らしいと感激するな。だから女はバカよ。
拙者の後輩に一人いたな、こういう男が。こいつ自分の好いた娘とデートすることにしてな。やっと人影まばらな鎌倉の海岸につれていき、黄昏の光は波にひかり、波はしずかに、二人の足もとに白く泡だちくだけ、夏の思い出を思わせる貝がらや木の枝などをやさしくはこんでくる。遠くで外人らしい女が一人、白い犬をつれて散歩しているほかは人影はない。岬のむこうに、赤い硝子球のように夕陽がうるんでいる。
娘は彼が接吻してくれるのを待っていた。だから、ネッカチーフでつつんだ顔を海のほうに向けて、じっと黙っていた。そして今、自分におとずれる倖せへの期待に胸をおどらせていた。しずかだった。いつまでもしずかだった。あんまりしずかなので、彼女は少し恨めしげな眼で彼をみると、彼もじっと自分をみていた。
「泉さん」
すると、その泉という青年、どうしたと思う。急に卑屈な笑いをうかべ、チンコ巻のように顔をしかめ、
「へ、へ、へ、へ、へ」
そう笑ってみせるのだそうだ。
いい男ではないか。しかして哀しい男だの。�こち吹かばにおいおこせよ 梅の花 あるじなしとて我な忘れそ�お前、なに書いとるん。へ、へ、へ。