さきほどわしは、少なくとも東京にいる占師は、わしの体験からいってほとんど当てにならんと高言した。いまのところ、あの文章に憤激して「われこそは自信ある占師なり」と訂正要求をしてくる占師は一人もおらん。これが彼らに自信のない証拠だな。
わしは好奇心が強いから、人から「あれはよく当る」と聞けば、少なくともそれが東京にあるかぎり、たずねてまわったもんだ。そして、わかったことは、人間とは、実に「ダマサレやすい」種族だということだな。冷静に客観的に聞けば実に滑稽な、見ぬきやすい占師の暗示や誘導尋問にコロリとひっかかって、自分から身の上を白状しているんだな。ことばでいわずとも顔色で返事をしてしまうんだな。
だが、それでは人間にはまったく奇妙な能力、未来を予見する力がないかといえば、必ずしもそうではない。
催眠術師などをみていると、アリャリャ、自分はとてもあんなに珍しい能力はないよ、とみんな考えるようだが、これなど一時間もあれば太郎にも花子にもできる術だて。わしは友人に催眠術家がいるため、彼からかつて教えてもらったのだが、わずか一時間でその方法は会得したな。そこでその秘伝を今日は教えよう。
被術者は女房、こどもは避けたほうがええな。なぜかというと、あんたの女房、あんたのこどもは、どうしても、とうちゃんをバカにする気持があるから、初心者にはふむきだ。で、まず、術にかかりやすい相手を選ぶことが肝要だて。
「術にかかりやすい相手」をみつけるには造作ない。まず五人なら五人の女(バーでもあんたいったとき、実験してみるべい)にお祈りでもするように両手をしっかり組ませ、左手右手の人さし指だけをぐっと開かせて、その指先あたりをじっと注目させておく。これは何故するかというと、被術者の視神経を疲れさせ、暗示にかかりやすい心理にさせておくためだな。
さて、それがすんだら、あんたは自信ありげにこういう。
「開いた左右の人さし指がだんだん閉じてくる。閉じまいと思っても、だんだん閉じてくる」
ところがこれがフシギに、被術者の指は必ずといっていいほど閉じてくるな。勿論、それにはすぐ閉じる女もあれば、かなり時間のかかる女もおるよ。君はそれを観察して、すぐ閉じた女性を自分の催眠術の相手に選ぶのだ。この女は暗示にかかりやすいタイプだからだな。
さて、相手ができたら、この女性を直立させて、今度は両手を前に平行に出させてみる。
「両手がだんだん閉じてくる。閉じまいと思うても閉じてくる」君はそのことばを幾度もくりかえすのだな。「まるで……磁石が両手にあるように、すーっと吸いつけられてくる。両手がすーっと吸いつけられる」
すると奇妙キテレツ。必ずといっていいほど被術者の両手はしだいに合わさってくる。
「さあ、今度はその手がだんだん開いてくる。掌と掌との間に風がはいったようにだんだん開いてくる」
またまたフシギ、ぴったり合った掌がまた開いてくるな。
わしのこの話を聞いて、
(なんや。オッちゃん、また嘘いうてはるワ)
そう思われるかもしれんが、だまされたと思うてやってみい。十人中、五人まではこの簡単な催眠術を三十分で実行できること、堅く保証しておこう。いや十人中、五人とはいわん、
(ぼくにも、できる)
そういう信念さえあれば君にもできる。あなたもできる。バーのホステスにやってごらん。家庭じゃあ駄目よ。家族というものは大体、君をバカにしとるからな。
以上ができたら、もうあとは簡単。トントン拍子に催眠術の奥義がわがものになる。どうだ。狐狸庵もときにはなかなか、おもしろいことをいうじゃろが。