催眠術などは特殊な人だけに与えられた能力ではない。だれにでもできるのだ。というのは人間、だれにも、自分で知らぬ、気づかぬ六感とか、未来を予見できる能力があるのであって、ただ、それを引き出す力がないのだな。
地震や洪水のある前には蟻や動物の移動があるだろ。あれはこれらの虫や獣にも未来の災害を予感する能力があるからで——もともと人間にもあるのだ。
「オッちゃん、嘘こくな」
じゃあ、今夜から、わしのいうことを実行してみい。
まず、小さなノートとエンピツ。
これを枕元に用意するな。そして就寝前に自己暗示をかけておくな。
「ボクは夢をみたら、すぐ目がさめる。ボクは夢をみたら、すぐ目がさめる」
だからといって、その夜からすぐこの自己暗示がきくと思うたらアカンよ。だがこれを一週間、連続して行うと、本当に夢をみるとすぐ目が開くようになる。
目が開いたら、たったいま、自分がみた夢をノートに書いておきなさい。
これを毎日つづけよ。眠うて、そんなことはできんという仁はやめたほうがよし。それでも頑張るという男だけに、あとでまこと不可思議な現象が起るじゃろ。その現象とはな、君が夢でみたことは未来の君に起ることだということだ。
(阿呆くさ。そんなことあるもんか)
読者のなかにはここまで読んでガッカリして呟く人もあるじゃろ。しかしねえ、これは狐狸庵の説じゃなかとですよ。ダーンちゅう英国の心理学者がな、『夢と時間』という本に書いておることだ。
つまりこの学者の考えによるとな、さっきもいったように人間にも未来に対する予知能力はある。そしてその能力はしだいに退化したのじゃが——しかしいまでも「夢」となって現われてくる。
夢の中でみた風景は、必ず一年さき、二年さき、三年さきに現われる。あんたらもときどき、はじめてみた風景を前にして、
「あッ、これ、どこかで見たの」
そう気づき、さて何時、何処で見たか、どうしても思いだせんことがよく、あるじゃろ。あれは、あんたが「夢」で昔、見ておったんじゃよ。しかし「夢」でみたからもう忘れてしまっておるんだ。
夢で会った未知の人についても同じことがいえる。その人にあんたはいつかは会うじゃろうとね。こうダーン氏は『夢と時間』という研究書に書いとられるな。それじゃあ狐狸庵、お前、実行したかといわれると困るんだがの。何しろ一度寝てしまえば前後不覚な男じゃから。
ただ、そういうマズメな夢と予見能力についての本のあることもお知らせしとこう。
ま、それはそれとして、さっきの催眠術な、今日から会社でもバーでもやってごろうじろ。忘年会のかくし芸にももってこいだ。