それから毎日、ランボオに出かけた。金がなかったから一杯の焼酎で一時間も二時間もねばり、扉を押して入ってくる作家や評論家をじっと眺めていた。しかし勿論、こちらから声をかける勇気など、毛頭、なかったのである。
ある日、私が店から外に出ようとすると、鳥打帽をかむって憂鬱な顔をした梅崎春生氏と出合いがしらにぶつかった。彼は店をちょっとのぞいただけで、ヨロヨロ歩きはじめ、私がそのあとをついていくと、
「あなたは毎日、この店に来てますね」
と妙な声で言った。そして突然、
「ぼくの知っている易者のところに連れていってあげましょう」
と誘った。梅崎氏は大分、酔っていた。
その易者は新宿の街頭にたっている街頭易者だった。
梅崎氏はこの易者に私の手を見させながら、
「この人は小説家になりたがっているけどネ、なれますかねエ」
と妙な声をだして訊ねた。易者は私の手をひねくりまわし、
「駄目だね。才能もないし、第一、怠け者だよ。この青年は」
と傲慢無礼な答えをした。梅崎氏は私の背後でフーンと酒くさい息をはきながら考えこんでいた。
易者に金を払うと、彼は私をつれて五、六歩、歩きだし、
「君、きいたでしょ。君は小説家になれないそうだよ。まア、そういうことです。ではさようなら」
そう言ってヒョロヒョロと人ゴミのなかに消えていった。私はしばらくそこに立ち、何も小説家になるなどと言ったことはないのに、こんな易者に人の手を見させ、私のことを才能もないし、怠け者だと言わせたこの奇妙な作家のうしろ姿を、茫然とみつめていた。
これが梅崎氏に会った始まりだが、また私にとっては文壇という奇妙な世界にふれた最初でもあったのである。